思い出の花

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  翌日、エリーナは隠し通路を通って執事の控室に行った。 「おや、エリーナお嬢様、どうされました?」  ノックをして開けるとデイビスが迎えてくれた。彼がここにいるということはトマスは来客中か、外出中だ。 「お母様とお話ししたいの。呼んでくださる?」  彼女が外出するときはアヤメも同行する。アヤメがいるということは彼女もいる。トマスに比べアナマリアの来客は少ない。 「承知いたしました。寝室でお待ちいただけますか?」 「ええ」  エリーナは一度戻ってから別の通路で寝室に向かう。隠し通路同士が繋がっていればいいのにとエリーナは思う。なぜ繋がっていないのかとディオンに聞いたこともある。逃走経路は多い方がいいと彼は言った。  エリーナは両親のベッドにぽすりと倒れこむ。あの日以来、うまく向き合えなくなってしまい、ちゃんと話せていない。昨日、ディオンが泣くのを見てもう一度向き合おうと思った。  彼は生きた分だけ後悔が増えると言った。解消することもできず、愛する人たちをすべて失った彼にとってはそうなのだろう。けれど、エリーナは違う。うまく生きろと彼は言った。だから後悔する前に向き合おうと思えた。  彼の後悔と悲しみに触れるほど抱きしめたくなった。抱き合うとほっとする。距離が少しだけ近付いたように思える。まだ子供だからそう思うのか、エリーナにはわからなかった。  ドアが開いて明かりが差し込み、すぐに閉ざされた。 「エリーナ?」  アナマリアの呼ぶ声にエリーナはほおを緩ませ、体を起こす。 「お母様、ここよ」  ふわとほほ笑んだアナマリアが隣に座った。 「エリーナ、今日はどうしたの?」  エリーナはなにも言わずに母に抱きつく。彼女はふと笑って抱きしめてくれた。 「甘えんぼさん」 「ねぇ、お母様、大好きよ」 「ええ、私も大好きよ、エリーナ」  頬に口づけを落とされてエリーナはうふふと笑う。 「あのね、お母様、あれからいっぱい考えたの。おじいじ様ともたくさんお話しした。お母様もお父様もわたしを思ってわたしを閉じ込めて、お葬式をしたのよね?」 「そうよ。自由を奪ってもあなたを死なせたくなかったの」  抱きしめる手がかすかに震えた。 「お父様にあなたを隠さなければいけないと言われたとき、どうにかできないのかって泣いてすがったわ。まだたった三歳のあなたと引き離されて、閉じ込めなきゃいけないなんて耐えられなかった。でも、そうしなければあなたは本当に殺されてしまうかもしれない。そう思ったら、あなたを閉じ込めるしかなかった。ごめんなさいね、エリーナ。どんな形でも生きていてほしいって思うのが親という生き物なのよ」  エリーナはつと目を伏せる。ディオンの母も同じような苦悩を綴っていた。生かすためなら手段を選べなかった。生かすこととこれまで通り愛することが両立できなかった。それが不幸の原因。 「お母様、わたしね、生きている意味をずっと考えていたの。お部屋から出られなくて、お友達は本だけ。本に書かれているような外での生活を知らないわたしが生きる意味はあるのかって。わたしのお墓があるって知った日、生きてる意味なんてなかったんだって、死んじゃいたいっておじいじ様に言ったの。おじいじ様は生きていればいつか意味がわかるから一緒に探そうって言ってくれたわ。まだ答えはわからないけど、後悔はしたくないって思ったの。だからね、お母様、生かしてくれてありがとう。大好きよ」 「エリーナ……」  母ははらはらと涙を流しながらエリーナを抱きしめる。彼女もずっと苦しんでいたのだ。そう思ったらわだかまりが溶けて行くような気がした。 「お母様はわたしを愛してる?」 「愛しているに決まっているでしょう? 私のかわいいエリーナ。愛してるわ」 「わたしも愛してる」  胸の奥がほっこりとあたたかくなった。
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