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もしくは純完全犯罪。
ほら、部屋の片付けより思い出の整理に入れ込む事とか、よくある話じゃん。
とある午前の終わり際に、私は押し入れの隅に古びたスケッチブックを見つけた。引っ張り出して開くと、まだ肌寒い日差しに褪せた色の粒が舞い上がる。くしゃみが出そうになった。
それ以上に。真っ先に目に入った絵が、愛しいほどにヘタっぴいで。思わず笑ってしまった。
確か小学校を卒業する少し前に、私が描いたマンガだ。もっとも、拙いイラストが並ぶだけの、絵本のでき損ないみたいなものだけど。
登場する人物はもっとかび臭い。とんがり帽子に緑のマント。旅と楽器が似合いそうな小さな彼は、だけど自称探偵だ。
ページを捲ると、誰もいない廃屋を見上げる彼の絵があった。隣のページでは解れた縫いぐるみとにらめっこしていた。
こんな調子で、ごみ捨て場で空を見ていたり、工事中の看板に戸惑っていたり。事件なんか起きやしない。しばらくしての初めの台詞なんて、道端の女の子の、『たんていさんは何を探してるの?』というものだった。
探偵、と書こうとして消した色鉛筆の跡がある。当時の私は漢字が苦手だったらしい。
そして、次のページで。帽子の唾を押さえた探偵さんが、横目でこっちを見ながら言う。
『心だよ』
微かな微笑みを浮かべて。
一度目を離して、息をつく。案外面白いと思ってしまった。当時の私は、変な話だと思いながら描いていたのに。
そう。この絵を描いたのは私だけど、話を作ったのは別の子だ。どっちから書こうと言い出したかは覚えてないけど、その子の事はよく覚えている。
物心つく前からの幼馴染み。秋月 夕夜という男の子だ。
生まれつき体が弱くて、だから内にこもりがちの、何を考えてるかよく分からない子だった。
この話も同じだ。例えば次のページ、探偵さんが自分の足跡を調べているシーンには、思わず笑った記憶がある。
今の私は、少しだけ分かる。こうして思い出の整理が進まないのと、似たようなものなんだろう。
ぎこちない絵はぎこちないなまま、何事もなく過ぎていく。寂しくなるほど懐かしい思いが、独りでにページを捲らせていく。
だけど、不意に手が止まる。思わずスケッチブックを置き直して眺めたのは、三度目の台詞のページだった。
今度は潔く、初めから平仮名で、『いつか、めいたんていとよばれたい』と。探偵さんが空を見上げて一人で喋っていた。
当時の私は、きっと無理だろうと思っていた。だって作者の夕夜自身が、名探偵には程遠い子だったから。
例えば。実は私が、絵がちっとも上手くならないから嫌いになりかけていた事なんて、きっと気付いてもいないから。
裏付けるみたいに、このページを描いたあとで『僕の話はつまんないけど、君の絵は上手いね』なんてすました調子で言ってきたくらいだ。どうして私が怒ったかなんて、きっと分かりもしなかったろう。
その時の事は、今でも後悔している。そして、探偵さんが名探偵になれなかった事も、知っている。
だって、この話はここで、唐突に終わってしまっているからだ。
体が弱い事は知っていたけど、そこまで酷いとは思ってもいなかったのに。誰が言っていたかは忘れたけど、『突然の事だった』というのが、そのまま正直なところだ。
割りきれるわけなんてなくて、このスケッチブックは押し入れに押し込んでおいたんだ。今だって、少し胸が痛む。
きっと夕夜は知りもしないだろう。どうして私が好きじゃない絵を描き続けていて、あのとき怒ったか。押し殺した思いを探してくれる探偵がいなくなったから、私は心を殺した完全犯罪者だ。
ページを閉じて、また押し入れにしまおうと思った。
だけど、不意に。
季節の移ろいを告げる強い風が吹いて。
スケッチブックを悪戯に捲り、流れていった。
真っ白な紙の、後ろの後ろの、一番後ろ。そこに、見覚えのない絵があった。
同じく小学生くらいの筆致の、だけど私のものよりずっと上手い絵。少し大人びた探偵さんが、目を伏せて言う。
『願わくば、君が名探偵でない事を』
寂しげに。どこか恥ずかしげに。
当時の私は夕夜の事が分からなかった。だけど今、少しだけ夕夜の事を知った、気がした。
もしもあの子も、私と同じだったなら。私なんかよりずっと絵が上手いのに、それでも私に絵を頼んで、そのために話を考えていた、そんな可能性。
夕夜もまた、自分の心を殺していたならば。
沸き上がった感情は、苦笑いとして私の顔に浮かぶ。残念ながら、互いの罪は、もう時効だろう。
不意に目を逸らした窓の向こうは、寒さの似合わない、穏やかすぎる青空で。
次の季節には、私はここを離れる。この気持ちはまた、押し入れに埋めていく。
けどその前に。続きを待ちわびているだろう、探偵さんの話を、私なりに終わらせてみようと思った。
私たちの殺した心を見つけ出した探偵さんを、名探偵と呼ぶ。そんな話を。
そして、ほら。引っ越し前の片付けはこうして、やっぱり全然進まない。
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