1、真実は奇なり。

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1、真実は奇なり。

 少女が刀を振り下ろす。  無残にも、勇者ミナヨシは脳天から左右真っ二つとなった。    これにより、女神に選ばれた勇者ミナヨシの伝説は、語られることなく終了する。  だが、なぜそうなったのか――。      ――まずは、神西南義(かみにし みなよし)という男の生い立ちを語ろう。  こことは違う、別の世界の、日本という国での話だ。  彼が10歳の時、父親の浮気が原因で両親が離婚した。  母親と一緒に親戚の家などを転々としたせいで、友達ができず寂しい幼少期を過ごすことになったが、それでも母親の愛情を受け、曲がらず腐らずで優しい子に成長した。    定時制高校に通いながら生活費を稼ぎ、努力の結果そこそこいい大学を卒業。  それなりの企業に就職もできた。  その後、大学で知り合った彼女と結婚。  順風満帆な生活が続くかに思えたが、就職四年目の春、外資系メガバンクの経営破綻のあおりで会社が倒産。  幸いなことに、大学の友人が最高経営責任者(CEO)を務める会社に再就職することができた。  しかし、この会社も経営状態はいいとは言えず、苦労する友人(CEO)を見かねて、持ち前の優しさが災いを招くかのように、南義(みなよし)は過労状態になるまで仕事に没頭。    いつものように疲れきった状態で自宅マンションの階段を上がる途中、三階の踊り場から誰かに押されて転落。  打ちどころが悪く、病院に運ばれる途中で死亡する。    救急車に運び込まれる間際、朦朧とする意識の中で、 「あなた、なんて呼ばれてたか知ってる? 神西南義(じんせいなんぎ)ですって」 「なぁ神西ぃ 生きづらい人生おつかれさま」  ほくそ笑む妻と、その肩を抱く友人の顔が今生最後にみた記憶となった――。      死人に口なし。  妻が多額の保険金を手に入れたことを知ったのは、碧眼でブロンド髪の女神の前だった。  女神は、南義(ミナヨシ)にチート級能力、【無限魔力】と【魔弾】を与え異世界へと転生させる。  ……まあ、よくある話だ。    地方領主の子として生まれたミナヨシは、前世では考えられないくらい幸せに育った。  18歳になったある日、重税に苦しむ近隣の国の民を救うために立ち上がる。  そして数日のうちに、農民を率い、隣国ムラクモ国の王都へと攻め入った。    ――ムラクモ王国の象徴、サクラの花が咲き誇る頃の出来事。  圧倒的なミナヨシの力の前にムラクモ王は、固く城門を閉ざし籠城を決め込んだ。    そんな王城の一室に、大量の食料を貪る縦だか横だか分からない(たる)のような女がいた。  その樽の、もとい女の名前は【キューコ】。  九人兄妹の末っ子にあたる王女だ。  率直に言えば、キューコは“悪魔憑(あくまつ)き”で、さらには“呪い”にかかっていた。    キューコはミナヨシが王城に迫って来る寸前まで眠っていた。  そんな状況なのに、起きてすぐに大量の食料に貪り付く。  誰の目にも明らかなほど常軌を逸しているだろう。      城門が破壊された衝撃で、城ごとキューコの部屋が揺れる。  内庭に攻め込んできたミナヨシ軍の喧騒を聞きながら、キューコは雑穀満載のどんぶり飯を一気に掻き込んでから、大きすぎるチキンレッグを片手に重すぎる腰を上げた。      城内に続く内門に激しい衝撃。  (かんぬき)は今にも折れそうなほど(たわ)んでいる。    キューコは、内門の上からミナヨシ達を見下ろしながら、 「喧しいぞ! 愚か者どもめ!」  そう言ってチキンレッグを軍配のように振った。   「あれが諸悪の根源! 悪魔憑きの姫だ!」  ミナヨシも叫びで応じ、キューコを指さした。   「勇者ミナヨシよ、領地を割とたくさんやるから、こっち側に来ないか?」  チキンレッグを齧りながらだが、キューコは真顔だった。    固唾を飲んで見守る農民たちの視線を受けて、ミナヨシは強くキューコへと言い放つ。 「お断りだ! お前こそ改心しろキューコ。まだ間に合う、圧政を強いてぶくぶく肥え太ったお前は本来のお前じゃない! 本当は綺麗な娘だったはずだ! 悪魔の言いなりになるんじゃない!」   「圧政だと……? 愚かな……」  そう言うとキューコは腰に差した鮮やかな紫鞘の刀を撫でる。 「やはり、戦うしかないのか……。みんな下がってくれ」  そう農民たちに、仲間たちに言って、ミナヨシは片手で指鉄砲の形を作って構えた。  膨大な魔力がミナヨシの周りに渦巻き始める。    そんな異様な空気の中、キューコはチキンレッグを貪り、骨までしゃぶって捨てた。  そして刀の柄に手を置き、腹の肉が邪魔そうに前傾姿勢を取った。   「もう一度言う、勇者ミナヨシよ、こっちへ来ないか?」 「くどい! 今俺がお前の目を覚ましてやる!」  とんでもない魔力のせいで、ミナヨシの指先の空間が湾曲して見える。    ミナヨシ指先で、魔力が輝いた。  そして、不自然な一呼吸ほどの間をおいて、 「喰らえ! 超神魔弾!」  キューコの図体以上に大きく眩い光弾がキューコめがけて飛び出した。   「ネーミングダサい……。というか、そんなの当てたらアタシは死ぬぞ」   改心させるのではなかったのか、とキューコの声が悠長に聞こえた瞬間、ほうき星の如き光は激突したかに見えた。    が、 『ズバンッ』  魔弾は中心から真っ二つに裂けて掻き消えた。 「な、何っ」  驚くような声は、ミナヨシから出たものだ。 「青錬刀(セイレーンブレイド)花一文字(はないちもんじ)火花斬(かかぎ)り!」  そう、キューコの叫びは後から響く。  光を割ったのはキューコが持つ青い刀身だった。    そして、ミナヨシまでもが真っ二つになって左右に分かれて倒れるまでのインターバルは5秒ほど。  誰もが予想しなかった出来事が起きたその場所には、転がるような丸いフォルムはなく、青光りに照らされながら、刀を振り切った姿勢で残心する妖艶な美少女がいた。    流れるような長い黒髪、魔性の果物のような唇。  右目の下には、涙のようなほくろが一つ。  これが、キューコ本来の姿だ。 「悪いな。お前は強いから、手を抜くことが出来なかったんだ」  そうキューコは刀を振って刀身を鞘に納める。  すると見計らったように兵たちが城内から飛び出してきた。 「姫様、暴徒はいかがいたしましょう?」  顎髭の騎士が、キューコの傍らに膝を付いて問いかける。 「全員捕まえて、牢に放り込め!」  キューコはその場の暴徒に聞こえるように声を張り上げた。 「はっ! 承知いたしました!」  威勢よく答え、顎髭の騎士が立ち上がると、キューコはその肩を摑まえてそっと付け足した。 「3日ぐらいコンコンとお説教して、それから米を革袋いっぱいに詰めて持たせてやれ。あと……勇者は丁重に葬ってやってくれ」 「は、姫のお心のままに」 「……転生者の知識を生かして、領地改革してくれたらと思ったのに」  独白めいた言葉までを聞き、髭の騎士は微笑みながら直ぐに兵たちへと指図を始めた。    キューコは、物言わぬ骸に向かい、 「……次は、神の策略なんかに引っかかるなよ」  そう小さな小さな呟きを落とすと、それを風が(さら)い、あおられたサクラの花弁が舞った。        ――これは、末っ子の姫が悪魔に憑かれて“一年”が経った頃の話なんだけど、少し補足しようか。    王家は確かに重税を課した。  だが、それにも理由がある。  酷い飢饉の地域を補うために比較的豊かな土地に課税したのだ。  もちろん、その後のケアまで考慮され、その旨はちゃんと通達してあった。  なのに、それを巧妙に悪用して暴動を扇動した輩達がいた。    その黒幕が、キューコの敵、“女神ウェヌース”だ。  ウェヌースは、あの手この手で策略を巡らし、時には勇者になりえる魂をそそのかす。    キューコは国を護るため、その美貌と魂を死後にささげる契約を悪魔と交わす。  そして“暴食”の呪いと、“深淵の眠り”の呪いで蓄えた脂肪(エネルギー)を力に変える魔刀、【青錬刀(セイレーンブレイド) 花一文字(はないちもんじ)】を手に入れたのだ。     「ああ、ダメだ……。すっごく眠い……」 「姫様、お食事は?」 「うん、寝ながら食べ……Zzzz」 「あぁ、姫様……せめてベッドに……」       これは、悪魔憑きの姫、キューコにまつわる物語というわけ。  謎だらけで、聞きたいことが山ほどあるだろうけど慌てないでさ。  この話が終わるまで、ゆっくり付き合ってよ。    という訳で、また会おう。  語り手はこのボク、キューコに憑いた“悪魔”がお送りしたよ。 bbf90594-57ed-4bb9-8e6d-af16efa1b039
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