療養

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療養

『ティス! ここから逃げよう! 俺たちをいじめるやつらはみんな殺したよ! 街も燃えてる! 自由になろう!』 ラムズかと思ったが、雰囲気が違う。 おそらくアシュラスの子どもの頃なのだろう。 二人は髪はぼさぼさ、服は薄汚れていてみすぼらしく、靴もボロボロだ。 燃え盛る街をアシュラスと少女のティスが、か細い手を繋いで駆けていく。 ♢♢♢ ……今のは夢だ。 もっとたくさん夢を見た気がしたが、覚えていない……。 ウェンがゆっくり目を開けると、口元に柔らかい刺激を感じた。 ??? なんなんだ……?? 俺がキスしてる?? 誰と……?? ウェンは横たわる自分にのしかかっている人物を軽く押して、顔を見た。 艶やかな黒髪の前髪の隙間から、涼しげな青い瞳が見えた。 「……ラムズ……?」 ウェンは、指先でそっと前髪を避けて、顔をまじまじと見た。 「……ホント、お前は俺の神経を逆撫でするのがうまいよな」 「アシュラスッ!!」 ウェンは起きようとしたが、腹部に激痛が走った。 「動くなよ。まだ治ってねぇんだから」 アシュラスはウェンに覆い被さったまま、布団をめくった。 ウェンの腹には包帯が巻かれている。 ウェンは、記憶の最後を辿った。 親善試合が決闘になり、アシュラスの最後の一撃をくらった。 あれだけの攻撃をうけて、生きているのはまさに奇跡だ。 辺りを見渡すと、不思議な部屋だった。 周りはぼんやりと明るく、その光からなんらかエネルギーが出ている気がする。 温かく、満たされる感じがした。 アシュラスがじっとこちらを見ている。 「なんだよ……」 「お前が眠っていた1週間、お前の腹の穴をヒーリングしてやったのは俺だ。まず感謝してくれる?」 「……お前に穴を開けられたのに、なんで感謝しなくちゃいけないんだ」 「開きっぱなしじゃ死ぬだろ。俺はお前の命の恩人なんだ、感謝しろよ」 「意味がわからない……」 殺し合いをしていたのに、俺は、なぜかアシュラスに同情してとどめを刺せなかった。 俺は生きている。 みんなは無事なんだろうか。 ラムズは……? 「なあ、ウェン……」 アシュラスは顔を近づけて、甘い声で囁いてきた。 「俺は、しかとお前の愛の告白を受け止めたぞ」 「愛の告白……?」 「自分の命を賭けて俺を封印しようだなんて、無理心中して永遠に二人一緒にいよう、ってことだよな。発想が狂気的な分、お前の本気に胸を打たれたよ」 うっとりとした目でアシュラスは言った。 「解釈に、無理がありすぎるだろ……」 「ラムズと仲の良いところを見せつけるのも、あえて俺の嫉妬心を煽って気を引く作戦だったんだよな。俺としたことが、まんまとハマッちゃったよ。いやあ、マジギレしてごめんね」 アシュラスはクスッと笑った。 「いや……本当に、お前が何を言ってるのか、よくわからない……」 「思えば、お前は俺の子どもを育てるんだから、それってお前は俺の嫁だと言っても過言じゃないなと気づいたんだ」 「過言だよ! あきらかに!」 「今まで婚姻制度にはちっとも興味がなかったんだが、急ぎで法改正する。これほど帝王でいて良かったと思ったことはない」 アシュラスは両手をウェンの頬に当てた。 「ウェン、俺と結婚しよう」 「いや、嘘だろ。つい最近、俺たちは殺し合おうとしてたんだぞ!」 「まあ、過ぎたことはもういいじゃないか」 アシュラスがキスをしてくる。 「!!!や、やめろっ!!!」 抵抗したいが、腹の傷に響く。 ただ好きなようにアシュラスに舐め回された。 ようやくアシュラスが唇を離した。 「何なんだ、一体……」 ウェンは両手で顔を覆った。 「お前が寝ている間、キスだけにとどめておいてやったことも感謝してくれよ」 なぜかウェンもアシュラスも、パンツ一丁だった。 裸で無事なだけまだマシなんだろうか……。 もう何が普通なのかわからない。 「あと、これから俺はお前と一緒に住むよ」 アシュラスはケロリと言った。 「帝王の仕事があるんだから、帝都にいないとダメだろ……」 「療養を兼ねて行く。お前が俺を瀕死に追いやったんだから、責任持って面倒みるべきだよ」 「全然瀕死じゃないじゃないか……」 「お前より回復が早いだけだ。マジで死ぬかと思った。それについては詫びてほしいよ」 「……お互い様だろ……」 「で、療養に関しては、承諾してくれるよね?」 「ラムズや隊員がいいと言うわけないだろ」 「関係ないさ。お前が承諾すれば、部下はしたがうだけだ」 「承諾できないよ」 「あ、そ。ところで、こんなところに全壊したスタジアムの修復工事の見積りがあるんだが」 アシュラスが、ウェンの目の前に見積書を出した。 とんでもない金額が書いてある。 「そちらの部隊あてに請求していい?」 「お前だって壊しただろ!」 「じゃあ折半でもいいよ」 アシュラスがニヤニヤしながらウェンを見ている。 折半でもかなりの金額だった。 「療養で俺を世話してくれるなら、療養代の代わりにスタジアム修復費は俺が出してもいいよ」 ウェンは深いため息をついた。 「わかったよ……」 「最初からそうすればいいんだ。お前に足りないのは、素直さだよ」 そう言って、アシュラスは笑った。
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