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アシュラスの過去
「姜王国に……宇宙の災厄が……?」
俺たちが宇宙の災厄と呼んでいたアッシュは、本当の宇宙の災厄ではない……?
俺はてっきり、アッシュが気ままに暴力を振るい、権力を集めて好き勝手をしているものだと思っていて、それが平和を乱すものだと思っていた。
もちろん、この一か月で、暴君の側面ばかりでないのも感じていたが……。
では、本当の宇宙の災厄とは何なんだろうか?
「お前が夢で見た通り……俺とティスはならず者の街に生まれた。親が誰だかはわからない。適当な子どもが集まって、適当な大人が世話してた。ゴミを食って、汚ねぇ大人の道具として生きていた。
街外れには、他の街からさらってきた人間を連れ込んで、痛めつけたり人買いに売り飛ばす場所があってな。ある日、俺はさらわれてきた奴らと一緒にそこに連れて行かれた。さあ、これからパーティーだって時に、急に外が明るくなって、窓から大量の蛇みたいなのが入ってきたんだ。
それが、”宇宙の災厄”の触手なんだがな。触手は次々に人間を襲って、ちぎって触手の先で食べていた。俺は、なぜか助かった。そして、アイツは俺の魂と体を改造して残して行ったんだ」
アッシュは淡々と話した。
ティスと、たった二人で生きてきたアッシュ。
夢の中の、血濡れた生活とティスに寄り添う幼いアッシュの顔が思い浮かぶ。
「アイツは人間を食いまくって街の半分を壊したあと、満足したのか宇宙に帰って行った。俺は残りの半分を破壊して、ティス以外は全員殺した。あそこに生きる価値がある人間はいなかったからな」
そこからあの逃避行が始まったのだろう。
「俺とティスはあてもなく逃げて、定住できるところを探した。悪さしながらだったから、恨みは買いまくった。そんな時にお前の親父に拾われて、ここで三年過ごした。
三年したら、俺たちの悪名は色褪せていた。その後すぐ、俺たちは定住したい街に出会えたんだ。環境も良くて、人も良かった。今度こそ普通に暮らしたかった。
そう思ってたら、アイツが来て、街を破壊して、人間を貪って、また宇宙に帰って行った。その時、俺とティスは、絶対にアイツを滅ぼすと決めたんだ」
アッシュの瞳に、静かな怒りと殺意……そして深い悲しみが広がったように見えた。
「そっからは、お前たちの知っている通りだ。屈服させ、乗っ取って、帝国を大きくして、同盟を作り、人と資源をかき集めてここまで来た。全てはアイツを倒して、俺とティスが安心して暮らす場所を作るためだ」
アッシュはため息をつきながら言った。
こんな大帝国の帝王の唯一の望みが、『安心して暮らす』だなんて……。
ウェンは胸が痛んだ。
「……なあ、聖典にある、聖典の理を映す星"地球"のくだりを覚えているか?」
「ああ。宇宙の加護を受け、愛、平和、調和、信仰が実現するために、全てが揃っている星があると……。ただの願望だと思っていたが……」
「実は、呼び方は違えど、地球のような星の存在を示唆する古文書、経典はかなりあるんだ。俺は、地球は実在すると思っている」
アッシュは穏やかな顔でそう言った。
今までみたことのない、穏やかさだった。
「地球に行くのが、俺の夢だ。地球に行けなければ、俺が宇宙の帝王として作るまでだ」
アッシュは、フッと笑って言った。
アッシュなら……地球に行けそうだし、作れてしまうかもしれない。
♢♢♢
小屋を出ると、ドレイクの車が待っていた。
話し込んでいたら、いつの間にか日が暮れていた。
車に乗り込み、寮に向かう。
「今日からシータにも俺のオーンを分けていく。宇宙の災厄の話は、他の隊員にはまだ話さなくていい。あいつらは今強くなるのが面白くなってきたところだからな。むやみに緊張させたくない」
「………………」
ウェンは無言でアッシュを見つめた。
「なんだよ」
「あ、いや。お前にそういう、人の気持ちを配慮するところがあるなんて、意外だな、って……」
「……まあ、これにも秘密があるんだが、まだお前には教えないよ」
「え、そうなのか……じゃあ、その時が来たら教えてよ」
「……なんだよ、さっきから変だぞ。宇宙の災厄が来ると聞いて、ビビってんのか?」
「それも無くはないけど……そっちは正直、実感がないよ。だから、申し訳ないけど、アッシュに引っ張ってもらった方がいいと思う」
「ああ、はなからそのつもりだから、それは気にするな。何が怖いんだ?」
「いや、大丈夫だよ。少し、疲れただけだから……」
今まではアッシュを警戒していたが、アッシュの幼少期の夢や、アッシュの隊員に対する態度を見ていると、正直、アッシュに同情し、好感を持ち始めている自分がいた。
まして、アッシュは姜王国を救おうと、全力を尽くしてくれている。
一体、自分はこれからどう接したらいいのか、戸惑いがあった。
「……まあ、俺にとっては万事うまく行ってるよ。お前は何も心配しなくていい」
アッシュはフッと笑って言った。
♢♢♢
寮に戻り、アッシュは食堂に向かったが、ウェンは自室に戻ることにした。
シータは就寝前に、アッシュとウェンの部屋に来ることになっていた。
少しだけ、自分の時間がほしかったのだ。
何気なく、父親の書いた聖典の写しを開いた。
『武をもって正義貫き、地をもって治め、人となり調和を成す』
姜一族の歴史と生き方だ。
無事に宇宙の災厄を倒せたら、アッシュもこんな生き方をして、この宇宙に地球を作るんだろうか。
そんなことを考えていると、ドアがノックされた。
ドアを開けると、そこにはラムズがいた。
「ラムズ、大丈夫だったか?付き添えなくて、ごめん」
ラムズは首を横に振った。
中に通して、椅子に座らせた。
「あのさ、ラムズは、話せるようになりたいか?」
ラムズは少し考えた様子があったが、うなずいた。
「アッシュが……話せるようにできるらしいんだ。そうしてもらえるように、俺も頼んでみようと思うんだけど」
ラムズは、ハッと顔を上げて首を横に振った。
「そんなにアッシュのことが嫌か……。まあ、嫌な気持ちはわかるよ。あいつのラムズへの発言とか、暴力とか……最悪だもんな」
改めて思い出すと確かにひどい。
「ただ、背に腹は変えられないというか……あいつはあいつなりに色々あってのことだから、これまでの出来事は一旦置いといて……。まあ、何より俺はもっとラムズと話したいと思ってるんだ」
その気持ちは切実だった。
きっと隊員たちだってそうだろう。
「そのために……アッシュと少しでも……打ち解けられるといいね……」
ラムズは眉をしかめた。
言ってる俺も、すぐには無理かな、とは思った。
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