一目惚れの恋が結ばれるとき

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一目惚れの恋が結ばれるとき

5月半ばの入部者、そこに俺の運命の人はいた。 手入れのされたつるつるの髪の毛、チャームポイントの紫色のメッシュ。美しい紫色の瞳。痩せすぎても太りすぎてもいない、ちょうどいい体系。整った顔立ち。理想的な身長。すべて俺の思い描いてた理想の恋人像だ。 「はじめまして。一野紫(いちのゆかり)といいます。ポジションはウイングスパイカーでした。よろしくお願いします。」 彼の名は、一野紫と言うらしい。 名が体を表しているとはこのことだ。 俺の視線は、彼に釘付けになっていた。 「キャプテン、ほら、キャプテン。あいさつ」 隣の同級生に小突かれる。 「あ!わりいわりい!ははは…」 コホン、とわざとらしく咳払いをし、気合を入れる。 「改めてここ、七色高校男子バレー部にようこそ。俺はキャプテンの橙満人(だいだいみちと)。気軽に呼んでくれ。よろしく!」 紫…彼に猛アタックをしかけよう。そして、俺に惚れてもらえるように仕向けるんだ。よし、そうと決まれば有言実行。早速部活終わりから仕掛けよう。 俺の表情はにやけきっており、端から見たら変な人に見えるだろう。 「おい、橙。顔、キモいぞ」 また同級生に小突かれる。 「は?そこまでかよ」 「そこまでだよ。めちゃめちゃニヤついてたけどなんかあったのかよ?」 「秘密」 俺はわざとらしく、しー、と子供にするような仕草を取った。 部活終わり。俺はさっさと支度を済ませる。 「おい、今日一緒に帰る予定だっただろ」 「わり、俺用事できた!急用!」 「お、おう。わかった。でも約束破った代わりにまた今度ジュース奢れよ」 「わーってるってば!じゃな!」 「おー。じゃねー」 同級生を軽くあしらい、俺は彼のもとへ駆け寄った。 「おーい、一野くん!」 彼がこちらを振り向く。マージで好みの顔してんだよなぁ…。 「どしたんすか。キャプテンさん」 「橙でいいよ!紫くんってさ、今日このあと用事ある?」 「用事っすか?特に無いっすけど」 「あ、じゃあさ、その、一緒に帰らね?」 「はあ…。まあ、いいですけど。なんで俺と?」 「あー…それは…」 「なんですか。なんか言えない理由でもあるんすか〜?」 一野くんが悪い笑顔を浮かべる。 も、もしかして一野くんって…個性的な性格してる…? …そういうところもストライクすぎるんですけど!! 「そう!一野くんって確かあめ好きって言ってたよね!俺最近受験勉強の合間に食べるあめ探しててさ〜。もしよければなんだけど良いあめ教えてくんないかな?」 …我ながら苦しい言い訳過ぎる。 第一、こんな時期から受験勉強に本腰を入れられるほど意欲は高くない。 俺が少し気まずそうに待っていると、一野くんが口を開いた。 「良いですよ。おすすめのやつ教えますね」 一野くんの表情が、先ほどとは少し変わり柔らかくなっている。 …少し機嫌良い? もしかして、自分の好きなものの話題だと機嫌良くなるのかな?猫かな、なんだこのかわいい生き物。 「よし、じゃあ一緒に帰ろっか!」 「…はい」 よっしゃー!第一ミッションクリアー!! 俺は心のなかでガッツポーズをした。 一野くんとの帰り道。俺の心は有頂天だった。 「そのおすすめのあめってどこにあるの?」 「もうすぐつきますよ。…ほら、そこです」 一野くんが少し先を指差す。そこにはアンティークな建物が立っていた。 くすんだ赤色の屋根が特徴的だ。 「ここのあめおいしいんですよ。残りすぎない甘さでちょうどよくて。」 「へー。そうなんだ、あめにもそんな違いが…」 やっぱ好きなものの話になると機嫌良くなるな〜。かわいい。 「早く行きましょう」 …どうしよう。一野くんの頭に猫耳が見える。 俺はあまりのかわいさに悶え苦しみそうになるが、なんとか理性が打ち勝ち、暴走を押し止める。 「はいはい。じゃあ行こっか」 カランカラン、と。心地よいベルの音が聞こえ、アンティークな扉を一野くんが開ける。 建物の中から砂糖の甘い香りが漂ってきた。 「いらっしゃいませ〜…あら、一野くんじゃないの」 カウンターの中から、若い女性店員さんが出てきた。 「ちわっす」 「一野くんの知り合い?」 「…まあ、そうとも言うんですかね。彼女はここの店員さんです。俺がよく通ってるので顔と名前を覚えられたんです。」 「そんなに通うくらいここのあめが好きなんだな」 「それはもう。市販のあめを買うくらいだったらここのあめを買うくらいには」 「へえ…」 羨ましい。そう思ってしまった。 一野くんの心を捉えている、ここのあめが羨ましい。 あめにさえ嫉妬してしまうなんて。恋心は恐ろしい。 「お姉さん。今日この先輩がテスト勉強の合間にちょうどいいあめを探しているそうです。なにかありますか?」 「それならいいものがあるわよ!ちょっとまっててね〜」 店員さんがカウンターに戻る。そして少しガサゴソと何かを漁ると、手に何かを持ち、戻ってきた。店員さんの手には、ミント色のあめがあった。 まるで宝石のようなあめに、俺は驚く。今まで市販のあめしか見てこなかったので、こんなに美しいあめを見るのは初めてなのだ。 「これはブドウ糖が入ってるのよ。頭の回転も良くなるわ。あと、眠気覚ましのミントも入ってるからこれだけでテストはバッチリね」 「だそうです。先輩、これどうすか?」 「うーん…確かにいいなあ。じゃあこれ一つください。」 「まいどありー♪」 「お姉さん。俺にはいつものをください」 「了解♪じゃあ2点合わせて五百円です」 ここはかっこいいところを見せるチャンスでは…!? ここでスッとかっこよく奢ったら、もしかしたらこっちに振り向いてくれるかもしれない…!! 「一野くん。ここは俺が奢るよ」 「え、いや、でも…悪いですし」 「いーっていーって、先輩っぽいことさせてよ!」 「…それじゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございま〜す♪」 どうやら一野くんは奢ってもらえてご満悦のようだ。少し悪い笑みを浮かべている。 …なんか複雑だけど、よろこんでくれたんならいいか。 俺は財布から五百円玉を取りだし、会計を済ませる。 「またのご来店お待ちしておりま〜す!」 あめやさんからの帰り道。一野くんは俺が奢ったあめをさっそく食べていた。 「どう?美味しい?」 「…はい。とっても」 「ははっ、一野くんの笑顔が見れただけで俺は嬉しいな」 さらっとくさいセリフを紛れ込ませてみる。もしこれで反応してくれたら少しは脈アリだって思っていいかな…? 一野くんの表情を見てみて、俺は驚いた。 そ、想像の5倍以上の反応だ!! 一野くんは顔を赤らめ、俺と目を合わせてくれなかった。たぶん顔が赤いのを見せたくないんだろうけど、耳まで赤いからなんとなくわかってしまう。 なんだこの生き物…かわいすぎんだろ…!!! だがここで満足をしてはいけない…ここで追い打ちをかけてこそ男…!!頑張るんだ俺…!! 俺は深呼吸をした。 「一野くん。」 「…なんすか」 「そのあめ美味しいんだよね?よかったら俺にも一粒くれないかな?」 「…は」 一野くんが驚いた表情を浮かべる。まさか、一粒くれなんて言われると思っていなかったのだろう。 「まあ…いいすけど…」 一野くんが俺から目線をそらしたまま、俺に一粒あめをくれた。 なんだかんだ優しいんだなぁ…。かわいい。 「ふふ、ありがと!」 「…そんな喜ばれるもんでもないですよ」 「いや、喜ぶよ。だってこれは俺と一野くんの思い出だもん」 「…!」 「今日すんごい楽しかったよ。ありがとね。」 俺は心からの笑顔を浮かべた。 「…はい」 一野くんがさりげなくうなづく。 「もし一野くんが良かったら、なんだけどさ。明日部活ないじゃん?一緒に遊びに行かない?」 「…!」 「どうかな?」 「…まあ、いいですけど…」 一野くんが赤く染まった頬を掻く。 「ほんと!?やった!じゃあ連絡取り合えるように連絡先だけ交換しとこっか!」 「わかりました」 一野くんがスマホを取り出す。…スマホカバーもあめなんだ。あめ好きなんだなぁ…。 …まあそんなことは置いておいて…。 よっしゃぁぁぁ!!スマホの連絡先交換できた!おまけに明日も遊ぶ予定が立てられたし!今日は幸せだ! 「…よし、交換できたね。じゃ、俺の家そろそろだから。また明日ね!」 「…はい。また明日。」 俺が一野くんに手を振り、一野くんに背を向ける。 「…先輩」 家に帰ろうとすると、一野くんに呼び止められた。 「?」 「どうしたの?」 「あの…」 一野くんが頬を赤らめる。 「今日…その…楽しかった…です」 …ガチで可愛すぎんだろ、なんだこの生き物。 しかし心のなかに留めておいて、表面上では頼れる先輩を演じる。 「うん。俺も。また明日も楽しもうね」 「…はい!」 一野くんのとびきりの笑顔で、おもわず弾け飛びそうになってしまった。 俺の心臓の音はうるさく、耳元でなっているような心地がした。 一野くんと離れるのはさみしいが、明日が待ってる。 俺は家の扉を開けた。 「ただいま!」 「おかえり〜。今日遅かったね?部活なかったでしょ?」 家に帰ると母さんが出迎えてくれた。 「今日は後輩と出かけてたんだ。ほらこれ。後輩といっしょに買ったの」 「あらー!あめじゃないの!いいわね!」 「だろ?」 「それにしても良かったわね。優しくしてくれる後輩がいてくれて」 「うん」 「ご飯できてるわよ。手洗って食べちゃいなさい」 「はーい」 晩ごはんを食べ終え、自室に戻る。 「楽しかったなぁ…ふへへ、明日も一野くんと遊べるんだ」 机に伏せ、一野くんといっしょに買ったあめを眺める。 部屋の電気に照らされているからだろうか。先程買ったときよりも綺麗に輝いて見える。 「楽しみだなあ、あ、そうだ。服でも決めておこうかな!」 椅子から立ち上がり、クローゼットの中をゴソゴソと漁る。 するとピロン、とスマホの通知音がした。 両手に持っていた服を置き、画面を見るとそこには「一野くん」という名前があった。 「明日の予定決めましょう」 「おけ。一野くんは何時頃集合がいいとかある?」 「俺は特に無いっす。先輩の合わせやすい時間でお願いします。」 「じゃあ9時集合で。場所はどうする?」 「公園にしましょう。〇〇公園で」 「お。オッケー。じゃあまた明日な〜」 「はい。また明日」 この日の夜はなかなか寝付けなかった。 すずめの鳴き声が遠くから聞こえ、目が次第に覚めていく。 時刻は8時半。 …8時半? 「や、やべー!!寝坊した!!」 先程までのゆったりとした時間はどこへ行ったのか。布団から勢いよく飛び出、昨日のうちに決めておいた服を着る。 階段を駆け下り、急いで洗面台へ向かう。髪を整え、顔を洗い、歯磨きをする。 「満人ー!朝ご飯はー?」 母さんの声が台所から聞こえる。 「いらない!!遅刻しちまう…!!」 もう一度階段を駆け上り、カバンを手に取った。部屋の姿見で最終確認をして、また階段を駆け下り、玄関へ一直線に走る。 「いってきます!!!」 「ふーっ、間に合った…」 時刻は8時50分。ちょうど10分前についた。ラッキー。 公園に一野くんの姿は見えなかった。どうやら俺のほうが早く着いたようだ。 スマホを取り出し、一応連絡してみる。 「どう?もうそろそろつきそう?」 メッセージを送ると、思ったより早く返信が来た。 「はい。もう先輩の前にいますよ」 …ん? 「先輩。」 「わぁあっ!?!?」 「くくくっ!先輩って面白いんすね、はははっ」 「うわーっ!やられたー…」 一野くんは無様にも叫んだ俺の様子を見て、物珍しいものを見る目で俺のことを見つつ笑っていた。 その笑顔に不意にドキリとしてしまう。 「まあ、二人揃ったしさ。そろそろ行こっか」 「そですね。行きましょう」 一野くんと目的地のショッピングモールへ向かう道。 「…先輩」 俺は先程までの無言だった一野くんに声をかけられた。 「どした?」 「先輩って…好きな人いるんですか?」 「…え!?」 ドキリとした。今まさに、俺もそれを聞こうと思っていたから。 ここでどう答えるべきか。 いると答えるか?いや、そうすると勘ぐられてもしかしたらもう話しかけてくれなくなっちゃうかも…。 じゃあいないって答えるか?いや、でも嘘はつきたくない…。 「一野くんはどうなの?」 俺は一野くんに話題を回してみることにした。ちょうど聞きたいとも思っていたし、話題も反らせるしで一石二鳥だ。 「俺…ですか?」 「うん。どうなのかなって」 「…いますよ」 …聞きたくなかった。その言葉。 「…どんな人なの?」 「先輩なんです。俺よりも2つ上。身長高くて、かっこよくて、こんな俺にも優しくしてくれる。素敵な人なんです」 「…そっか。素敵な人なんだね。」 「はい。」 「…一野くんに似合ってる。きっと結ばれるよ。頑張って」 「はい。先輩が応援してくれるなら俺、頑張ります」 眩しい一野くんの笑顔が、今は苦しい。 そっか…一野くん、好きな人いたんだ。 一野くんの幸せを願う反面、純粋には応援できない俺がいる。 聞きたくなかったその言葉が、俺の胸を突き刺してやまない。 所詮、片思いだったんだ。全部全部、俺が都合のいいように解釈してただけ。 苦しい、胸が。 ショッピングモールへ向かう道での会話は、もう何も覚えていない。 「ついた〜!」 「案外時間かかりませんでしたね」 「今日はめいっぱい楽しもっか!」 「はい!」 先程のことを忘れるため、わざと大きめに声を出す。 それにしても…好きな人…か。 俺なんかより一野くんに似合う人…。 そう考えると胸がざわめいた。俺だって一野くんの隣に立っていたいんだ。 俺の心に嫉妬の炎が渦巻いた。 今日は一野くんの恋心を俺に向けるために動こう。そして楽しんでもらって、俺のことを好きになってもらおう。 そうと決まれば作戦実行だ。 「始めどこ行きたい?」 「そうですね…特にありません」 「あ、じゃあさ、雑貨屋さん寄ってもいいかな?ちょっと欲しいものがあって」 「わかりました」 俺は一野くんにあめのお返しをすべく、雑貨屋へ向かうことにした。 雑貨屋に着いた。中は茶色が基調とされたおしゃれな空間で、落ち着いた雰囲気だった。 ここならいいプレゼントが見つかりそうだ。 「俺も見てきていいすか」 「いいよいいよ!存分見てきて!」 一野くんがぺこりと一礼し、俺の元を離れていく。 「さーて…なにがいいかなあ…」 「何かお探しですか?」 俺が雑貨を見て悩んでいると、一人の店員さんが話しかけてきた。 「後輩にプレゼントがしたくて。何かおすすめはありますか?」 「それでしたらこちらなんていかがでしょうか?」 店員さんは一つのネックレスを手にとって戻ってきた。 雑貨屋にはこんなものもあるのか…。 「このネックレスはとても人気でして。ポイントはここのオレンジ色の宝石と紫色の宝石ですね。美しいでしょう?」 「なるほど。確かに…」 「後輩さんにプレゼントするのでしたら少し重たいかもしれませんが…。すみません。少し踏み入ったことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」 「はい。なんでも聞いてください」 「お客様はその後輩さんのことが恋愛的に好きですか?」 「え!?」 本当に踏み入った質問だな…。 「まあ…はい。」 「それならこのネックレスはとてもおすすめです。ネックレス全般には「あなたを独占したい」という意味がございまして。」 「!」 「いかがでしょうか?こちらのネックレス。今ならセール中でして。5000円でお買い求めいただけます。」 「…確かにその意味だったらぴったりかも」 学生に5000円の出費は痛いけど…。 一野くんの笑顔が脳内に浮かぶ。うん。この笑顔が見られるなら5000円なんて安い安い。 「じゃあこれ一つください!」 「お買い上げありがとうございます」 レジまで移動し、店員さんに5000円札を手渡す。 店員さんはネックレスを綺麗に梱包してくれた。 俺はそれを眺め、こう思う。 このネックレスを一野くんがつけたら綺麗だろうな、と。 「あ、先輩」 一野くんが戻って来る。手には袋を持っていた。どうやら一野くんも欲しいものが見つかったみたいだ。 「一野くんもいい買い物が出来たみたいだね」 「はい。俺も欲しいものがちょうどあって」 「良かったよ。それじゃ、次のとこ行こっか!」 「はい」 「次はそうだなぁ…カフェにでも行く?」 「いいですね。俺も喉が乾いてきたところでした」 「じゃ、決まり!」 俺は一野くんの背を押し、カフェへ向かった。 ショッピングモールに併設されているカフェにつき、俺達は一番窓際の2人用席に案内された。メニューを眺める。 「一野くんはなにか飲みたいものある?」 「カフェオレが好きなのでカフェオレがあれば…」 へえ…一野くんカフェオレ好きなんだ…。覚えておこう。 「おっけー。なんか食べたいものとかあれば」 「俺は特に無いです。朝ご飯食べてまだちょっとしか経ってないので。」 「了解。じゃあ俺はコーヒーとそうだな…パフェでも頼もっかな。」 「お金は出します」 「いーって。俺が払うから」 「そんなことできません。前も奢ってもらっちゃったのに…」 「先輩らしいことしたいからいいの。一野くんの幸せそうな表情が見れたら俺はそれで幸せだから」 「…先輩ってほんと…恥ずかしいこといいますよね」 「え!?俺なんか言ったっけ…?」 「…覚えてないなら良いです。早く頼みましょう」 一野くんが俺からふいっと目線をそらす。耳まで赤くなっているのが最高に可愛い。 「あ、すみませーん」 「どう?カフェオレ美味しい?」 「はい。とっても」 「そっか。良かった」 「先輩は飲まないんすか?」 「ん?俺はまだいいよ。美味しそうに飲む一野くんのこと見てたいし」 「…先輩」 「?」 「ほんと…ずるいですよ」 「なにがだ?」 「別に。」 一野くんがまた美味しそうにカフェオレを飲む。 少しづつ飲んでいるところがまた可愛い。 「おまたせしましたー。パフェでございます。」 「ありがとうございます」 「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」 「はい。大丈夫です」 「それではごゆっくりお過ごしください。」 店員さんがぺこりとお辞儀をし、去っていく。 「…先輩って」 一野くんがカフェオレから口を離し、俺に話しかけてくる。 「好きな人、いるんですか。さっき聞きそびれたので」 「え、あ…それは…」 「どうしたんすか。なんか言えない理由でも?人に聞いておいて?」 「うぐ…」 おもわずパフェを食べる手が止まる。 俺はここで嘘はつきたくない。俺は正直に話すことにした。 「いるよ」 「…どんな人なんですか」 「後輩で、俺よりも2つ下。一目惚れだったんだけど、さらに見ていくと可愛いところがたくさんあることに気づいて、それからゾッコン。」 「そう…なんですね…」 「うん。」 「…素敵な人…ですね」 「そうだね。素敵な可愛い人だよ」 さすがに「お前だよ!!」とは言えないので、名前を濁しつつ答えた。 「…お似合いですよ。きっと、叶います」 一野くんの表情が、少し曇っているような気がした。 「ありがと。でもその人にも好きな人がいるみたいでさ。」 「先輩ならきっと振り向いてもらえますよ。応援してます」 「おう。ありがとな!」 必ずお前を、振り向かせてみせるからな。 「ふー。美味しかったー!」 「あのパフェだいぶ大きかったですけど…よく食べられましたね。それも一人で」 「ああ。俺甘党だからさ」 「それはあんまり理由になってない気が…」 「ははは!」 やっぱり一野くんと一緒にいると楽しくて胸が高鳴る。 一野くんに向けたこの感情が、間違いなく恋であることを実感させられる。 「次どこ行く?」 「…ゲームセンター…行きたいです」 「お!ゲーセンか。いいな、行こうぜ!」 「はい!」 俺達はゲームセンターへ向かって歩き出した。 機械の熱気と騒がしくなった周りの音で、ゲームセンターへ来たんだということを肌で、音で感じる。 「一野くんはクレーンゲームとか得意なの?」 「俺はあんまり得意じゃないです。先輩は?」 「俺もあんまりかなあ…。まあ、やってみればわかるでしょ!」 「軽いですね」 「そりゃな。されどゲームだし」 「…先輩ってゲームにガチにならないタイプなんですね。なんか意外です」 「一野くんから見て俺ってそんな風に映ってたのかよ…。」 「あははっ!」 一野くんが顔をくしゃっとして笑う。 その笑顔にまた胸がときめき、そして惚れる。 一野くんってこんな笑い方もするんだ。もっとたくさんの一野くんを知りたい。 「あ、このクレーンゲームやりましょうよ。」 そう言って一野くんが指差したのは、最近話題になってきているゆるキャラのぬいぐるみだった。 「一野くんこのキャラクター好きなの?」 「俺ってよりかは俺の幼馴染ですね。せっかくだし取って帰ってやりたいなーって」 「いいじゃん。取って帰ってその幼馴染さんびっくりさせちゃおうぜ!」 「はい!」 表ではこう言っているが、裏では一野くんの幼馴染に少し嫉妬している俺がいた。きっと幼馴染さんは、俺の知らない一野くんをたくさん知っている。それが少し…いや、とても羨ましい。 「じゃあ初めに俺がやってみよっか。これで一発で取れたら嬉しいな〜」 「そんな都合のいいもんじゃないですけどね」 「まあまあ。あくまで妄想。こうなったらいいなっていう夢に過ぎないからさ!」 そういいながら、お金を投入する。 レバーを操作し、ぬいぐるみの上までくると、ボタンを押した。 アームが下がり、ぬいぐるみをがっしりと掴む。 そしてそのまま受け取り口の近くまで運んできた。 「これホントに一発いけちゃうんじゃ!?」 「そんなことあります…!?」 ぬいぐるみは見事に受け取り口に落ち、まさかの一発ゲットを果たした。 「嘘…!?!?」 「ほ、ほんとに取れた…」 「よっしゃ!」 俺は受け取り口からぬいぐるみを取り出し、一野くんに手渡す。 「はい、これ。幼馴染さんに渡してやってくれ!」 「え、お金は…」 「返さなくていいよ。俺がやりたくてやったからさ」 「…ありがとうございます」 一野くんがぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。 なんだこの可愛い生き物ー!!!! 俺が尊さに悶え苦しんでいると、館内アナウンスが入る。 「時刻は、午後6時をお知らせいたします。」 「午後6時だって。…どうする?帰る?」 「そうですね…もう暗くなってしまいますし、帰りましょう」 「お、了解。そんじゃ駅まで向かおっか」 俺は、ショッピングモールについたときからずっと考えていた。 一野くんに告白すべきか、否か。 ショッピングモールに向かう途中に一野くんに好きな人がいることが判明した。しかしだからといって、俺が一野くんを諦める理由にはならないはずだ。 一野くんの幸せを願う気持ちは変わらないが、隣にいるのは俺がいい。 一野くんのたくさんの表情を、行動を、気持ちを知るのは俺がいい。 そう思う気持ちが次第に強くなっていった。 ほんの少しの可能性かもしれないが、もしかしたら一野くんの好きな人ってのが俺かもしれないし。まあそうじゃないだろうけど。 俺は一野くんに出会ってからたくさんの喜びを知った。たくさんの辛さを知った。そして、たくさんの愛しさを知った。 この気持ちが届かなくてもいい。だけど伝えないと収まらない。 いっそのこと振ってもらうほうが、俺にとっても一野くんにとってもいいと思うから。 俺は一野くんに告白することを決めた。 ポケットに入れておいたネックレスをぎゅっと握る。 どうか、この恋が叶いますように。 「…一野くん」 人通りの多い大通り。外灯の光が差し込む大きな木の前。街の光に照らされ、あたりは幻想的な雰囲気に包まれていた。 「はい。どうかしましたか?」 一野くんがこちらを振り向く。 俺は深呼吸をした。 「一野くん。今日はとっても楽しかったよ。ありがとう。」 「俺もすごく楽しかったです。今日は、誘ってくださりありがとうございました。」 「そう言ってもらえて安心したよ。また遊ぼう」 「はい。それじゃあ俺はここで。じゃあまた。」 一野くんが俺に背を向け歩き出す。 まずい…言いそびれた!今言わなくていつ言うんだ!! 「一野くん!!」 「…?」 「俺は、一野くんのことが好きだ!」 「…!?」 「一野くんの隣に立っていたい。これからもずっと。」 俺は一野くんの手に、ネックレスを置く。 「これ。あめのお礼と俺の気持ち。」 「一野くんに好きな人がいることはわかってる。俺じゃないことも知ってる。でも、ごめん。自己満に付き合わせちゃって。」 「どうか俺と、付き合ってください」 あたりがしんと静まり返る。俺の鼓動の音が緊張感を伝える。 一野くんの顔が真っ赤に染まっている。 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。 「先輩、それは、本気ですか」 一野くんが口を開く。 「もちろん。本気だ」 「なら、期待してもいいんですか」 「…ああ。」 「俺も、先輩のことが好きです。」 「てことは…!」 「はい。これからよろしくお願いします」 一野くんの瞳がうるみ、一雫の涙が頬を伝った。 「待って…これ今俺…夢?夢じゃないのか?」 「夢ではないですよ」 「信じられない…ほんとに…?」 「はい。」 「ははっ…嬉しい…とっても嬉しい…」 俺は一野くんをぎゅっと抱きしめる。 「絶対大切にするから」 「ふふっ、大切にしてくださいね。捨てたら承知しませんから。」 「もちろんだ!!」 俺は全力で答えた。俺の頬に温かい雫が伝う。どうやら俺も泣いてしまったようだ。 「…待てよ、じゃあ俺は今まで自分に嫉妬してたってことかよ!?」 「…まあそうなりますね」 「恥ず!!え、恥ずかし!」 「俺も人のこと言えないっす。先輩の好きな人に嫉妬して、羨ましがって…なんか馬鹿みたいですね」 「やめて!それは俺にも刺さる!」 「あははっ!!」 一野くんはそう笑うと、俺がプレゼントしたネックレスを取り出し、首元につける。 ああ…とっても綺麗だ。 一野くんが俺のことをぎゅっと抱き返す。 「これから、よろしくお願いします。」 「…ああ。よろしくな」 一野くんの胸元にはさきほど俺がプレゼントしたネックレスが光っていた。
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