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自動精算機
二人でフードコートに移動し、空いている椅子に荷物を下ろして食券を買いに行った。
「コックがいないのにどうやって食事が出てくるんですか?」
「さあ……」サービスエリアの先達は首をひねる。「でも、食券をカウンタに置いたらベルが出てきて、ベルが鳴った後にカウンタを見に行ったら、ちゃんと頼んだ物が出来てるよ」
利玖はびっくりしてジュネを見た。
「じゃあ、ベルをもらう時、誰がいるか見えるんじゃないですか?」
「うーん、なんかね」ジュネは片手で、もう片方の腕の肘から先をなでるような仕草をした。「この辺だけ見える」
それで出てきた物をよく食べられるな、と利玖は思ったが、口には出さなかった。脱出方法が見つからなければ、自分だって末永く面倒を見てもらう可能性があるのだ。実物を見てもいないのに悪しざまに言うべきではない。
先にジュネがオムライスの食券を買い、利玖は半額以下の五平餅を選んだ。万が一失敗しても三百円と少しの損失で済む。このおかしな空間で、ジュネに与えられる物が、自分も同じレートで手に入るとは限らない。
食券をカウンタに置き、おそるおそる手を引くと、黒水晶のように透きとおった手首が現れ、番号札が貼られたベルをコトッとカウンタに置き、食券を握って消えた。
呆気に取られて利玖が立ち尽くしていると、その手はもう一度、さっきよりも顔に近い所に現れ、着席を促すように後方へ指を振った。
ひったくるようにベルを取って席へ戻ると、ジュネは給茶機で汲んできた二人分の緑茶をテーブルに並べている所だった。
「ね。もらえたでしょ?」
何分かするとベルが鳴り、それと交換で五平餅が手に入った。
つぶした米を平べったい楕円形にして串を通し、たっぷりとくるみ味噌のタレを塗っている。タレの上から炙ってあるので、表面には所々焦げ目が出来ていた。
見た目はまったく不自然な所のない、おいしそうな五平餅に見える。
串の両端を手で持ち、息を吹きかけて冷ましてから、思い切ってかぶりつくと、米のほのかな甘味とくるみの香ばしさ、さっぱりとした味噌の取り合わせが絶妙な塩梅で、空きっ腹には想像以上にこたえる美味さだった。
「おいしそうに食べるねえ」ジュネがスプーンでオムライスを切り崩しながらのんびりとした事を言う。「何で出てくるのかわからないけど、お腹は空くんだからありがたいもんだ」
「まったくです」利玖は深々と頷いた。「食券制だと、この環境でもお釣りの心配をしなくていいので助かりますね」
「カードがないの?」ジュネが目を丸くした。キャッシュレス決済の手段を持っていないのか、という意味らしい。「売店はセルフ・レジだから、現金でも大丈夫だと思うよ」
ジュネの助言に従って、売店の様子を見に行く事にした。フードコートとは隣接しており、仕切りもないので最短距離で歩いて行く事が出来る。途中で振り返ると、オムライスを食べているジュネの背中が見えた。
四畳半ほどの狭い店内に並んだ商品は、地元の銘菓やキーホルダー、割高な瓶飲料といった土産物がほとんどで、長期滞在する上で役立ちそうな日用品は見つからない。しかし、それらの商品のパッケージから、ここが潮蕊湖サービスエリアである事は間違いなさそうだ、と確信を得る事は出来た。
せめて本の一冊でもあれば、と思ったが、それも置かれていない。駅のホームと違って電車を待つ必要がないのだから当たり前ではある。
しかし、この売店には、駅のホームでも滅多に見かけない珍しい道具が売られていた。
買い物を済ませてフードコートに戻ると、ジュネがタブレットをテーブルに出していた。画面をオンにして、指でなぞって操作している。眼鏡のレンズにブルーライトが反射していた。
スマートフォンのバッテリを埋蔵金のように温存している利玖なので、驚いた。
「電源、どこかにあるんですか?」
ジュネは顔を上げ、タブレットをスリープモードにして首を振った。
「車に戻れたら、コネクタがあるから、エンジンをかけて充電出来るんだけどね」
ジュネは体をねじって、利玖がまだ調べていない右の通路を指さした。
「わたしは向こうのカフェで寝起きしているの。薄暗くて、寝るのにちょうどいいし、音楽も静かだから。そこにあるコンセントで、失敬しているのよね」
「カフェなら、ゲスト用のネットワークが開放されていませんか?」
ジュネはまた首を振った。
「全然駄目。ネットワークは見つけてくれるんだけど、何度試してもパスワードが合わないの。最終的にステッカーの前で一文字ずつ読み上げながら入力したのに、弾かれるんだから、落ち込むわあ」ジュネは首をすくめて、再びタブレットに目を落とした。「だからこうして、本を読むくらいしか使い道がないというわけ……」
タブレットに指をつけようとしたジュネは、利玖が売店のポリ袋をぶら提げている事に気がついて、微笑んだ。
「何か買ってきたの?」
「タオルと風呂桶を」
「え?」
「温泉に入って来ようと思います」
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