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遠藤くんが3階に上がってくる間に慌てて身仕度を整える。 同じ部署の同期の彼と付き合ってから1年くらい経つ。 スッピンもパジャマ姿も見られているけど、病み上がりは初めてだしシャワーを浴びてないからちょっと気が引ける。 出迎えるとスーパーの袋をぶら下げていた。 『来てくれてありがとう。』   『具合はどうよ?』 『熱下がったからもう大丈夫!』 弱っていた身体と心に遠藤くんの笑顔が染み渡る。 彼の匂いが私を安心させる。 『会社はどうしたの? 今日昼過ぎに出張から帰って会社に行ったはずじゃ…。』 『会社は行ったよ。 出張帰りだし、定時でちゃちゃっと上がってきた。』 嬉しい嬉しい嬉しい。 連絡は取っていたけれど今月出張続きで会社にいないし、週末も会えなかった。 定時で上がって買い物してこの時間に来るには相当急いでくれたに違いない。 …だけど嬉しい反面、負担になっていないか凄く不安になってしまう。 まだ平日…。 ジャケットを脱いで椅子に掛け、うちの小さなキッチンでスーパーの袋から卵や鶏肉を取り出し始めたのを慌てて止めた。 『買い物ありがとう! 助かったよー。 後は自分で出来るから…ね? 明日まだ会社だし。 私は今週いっぱい出勤停止だから…。』 そう言うと手を止めて私の顔をじっと見た。 『うわぁ。 シャワー浴びてないからあんまり見ないで~…。』 真面目な顔のまま、大きな両手を私の肩に置いた。 茶化した私を無視して話し出す。 『あのさ。 俺が熱出した時は毎日来たくせに何で帰そうとすんの?』 『わ、私の仕事は出張とか無いからさ…』 私は甘える事に慣れていなかった。 もともとの性格もあると思う。 何もしない父親を見てきたせいもあると思う。 遠藤くんの前に長く付き合っていた彼の時は、すべてを自分1人で背負い込んでしまった。 今思えば、最初はあの彼もそんなことは望んでいなかったのかもしれない。 私が先回りして空回りして…そういう習慣になってしまったんだ。 ドリンクバーに先にさっと行ってくれるような遠藤くんと付き合って、何かをやってもらったり一緒にやることに慣れてきたと思うんだけど…何か怒ってる…? そんな時、私のお腹が‘ぐぅー’と大きな音で鳴った。 『はぁー。』 大きな溜息をつかれて、ぎくりとした。 私の肩に置かれた手から伝わる温かさとお腹が鳴った情けなさと怒らせてしまった焦りで淋しがっていた心が泣き出した。 『あ!ごめん!怒ってるんじゃないよ。 今のは深呼吸! これでも緊張すんだぜ。』 遠藤くんは慌ててそう言うと、ジャケットのポケットから小さな白い箱を取り出した。 『だいぶ慣れてきたけど、まだまだ甘えベタというか頼りベタというか…。 ‘お腹空いた、ご飯作って’って言えばいいのに。 俺が料理好きなのは知ってるじゃん。 だからさ…』 白い箱からさらにベルベットの箱を取り出す。 『お互い会社の帰りに来てもらったら悪いとか考えなくていいように一緒に暮らそう。 家事分担決めれば遠慮しないだろ? 料理の担当は俺が多めで洗濯は藤田が多め。 掃除は半々で。 どうよ、その割合で?』 そしてベルベットの箱を私に向けてパカッと開いた。 『…結婚するぞ。』 口を横に引き結んでニヤリと笑い、鼻の頭を掻く。 照れている時の笑顔だ。 私でいいの?とネガティブな気持ちは遠藤くんの前では無駄なことがわかる。 無駄なことだと思わせてくれることに感謝してる。 ありがとうとか嬉しいとか、伝えたいすべての言葉が涙になって溢れてしまう。 『返事は?』 グチャグチャの私の顔をハンカチで拭いてくれながら聞いてきた遠藤くんに左手を差し出した。 『結婚する~!』 『よし、やった!』 すぐに汗ばんだ手で指輪をはめてくれた。 そしてぎゅっと抱き締められると、また私のお腹が鳴った。 『…遠藤くん、お腹空いた。ご飯作って。』 抱き締めた私を左右に揺らしながら嬉しそうに言う。 『もちろん! 今日は藤田の好きな親子丼だよ。』
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