プロローグ

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プロローグ

 −−むかしむかしの、お爺様の御伽噺。  海の向こうには、『春の国』と『夏の国』と言う、それはそれは豊かな2つの大陸があると言う。  けれど、もう昔から、お爺様が生まれる前から、2つの国は互いに憎み合い、殺し合い、国中が妖魔の巣食う乱れた治世が続いていると言う。  だから、決して…海を渡ろうなどと、考えてはいけないよ。  流れ着いた死体に、触れてはいけないよ。  それが、お爺様の口癖で、私が十五歳で成人した年には、遺言になった。  亡骸は速やかに海に還す。  血肉は魚の餌となり、私達はそれを取り、再び己の血肉とする。  それが、私達『海護(うみもり)』と呼ばれる一族の……営み。  海を敬い、海と共に生き、海の理に従う。  だから、海の果てにある大陸に干渉してはいけない。  干渉は秩序を乱し、妖魔を引き寄せ、海を穢す。  だから海護は、海を渡ってはならない。  大陸の人間と、関係を持ってはならない。  それが掟。  なのに私は、貴方に出会ってしまった。  白い陶器の様な肌に、顎で切り揃えられた薄い茶色の髪。萌葱色の狩衣。  そして何より、透き通った…切れ長な瑠璃色の瞳。    まるで人形のような、初めは女性かと思うくらい美しい貴方は、お爺様が大陸の話の次に好きだった、海護を好んで拐かし、海に引き込む妖の噺に出てくる妖魔の歌姫ように、私の心を掴んで離さなかった。    −−就元(なりもと)様。  何故貴方は、私…留里(るり)の前に現れたのですか?  貴方さえ、貴方さえこの島に来なければ…  私は平凡に生を全うし、  お爺様と同様、安らかに海に還れたのに…  何故……  教えてください。  就元様。  そして、私達を引き合わせた、伝説の海神(わだつみ)…ルリ様……  血塗れの衣を引き摺りながら、私はただただ、貴方の還りを待ち侘びるかのように、  貴方にお帰りなさいを言う約束を守るために、  燃え盛るお屋敷の奥へと、進んで行った…
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