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仕置き部屋に月華が現れたのは、暗い空が白ずむ明け方になる頃だった。
月華はその場ではなにもせず、僕の見張りをしていた廓の男衆に命じて、縄で手を縛られたままの僕を担がせて自分の部屋に向かった。
途中の廊下で、橘さんが満足そうにうなずいていた。すれ違った数人の花たちも、僕の情けない様子を冷やかすように笑い合っている。
彩里国では本来、ケダモノはこういう扱いを受けて当然と聞いたことがある。だからといって月華にその仕打ちを受けたことに、簡単に折り合いをつけることはできない。
僕は恥ずかしさと信じられなさ、哀しさに唇を噛みしめた。
「昼まで眠るから誰も入れるな。お前たちも下がれ」
部屋に着くと、月華は男衆に言ってパタリと襖を閉めた。
後ろ手と足首を縄で巻かれたまま畳に横たわる僕の真正面に立ち、見下ろす。
「毬也、よく聞け!」
だん! と廊下や階下に響く音が鳴り、木造りの部屋がかすかに振動する。月華が片足を思いきり畳に叩きつけたのだ。
驚きで体がビクリと震えた。こんな乱暴な様子の月華を見るのは初めてだ。
……ううん。月華はこれから、僕の知らない月華になっていくんだ。
見上げれば、綺麗に着付けられていた打ち掛けは羽織っておらず、乱れた緋襦袢から覗く肌にはたくさんの紅い痕。
──月華はもう、お客様に貫かれたんだ。
「ぅ、うう……月華ぁ……」
怖いから泣けてくるんじゃない。月華を貫いた切っ先に、僕たちを繋いでいた糸も切られたような気がしたんだ。
「おまえみたいなケダモノは夢幻楼の花として使えない。座敷への出入りも禁じる。これからは俺に付いて俺に従え! わかったか!」
月華が声を荒げる。僕にではなく、廊下側に向けて声を出す。
僕の顔を見るのも嫌だってことなの?
悲しさと切なさになにも考えられなくなり、ただこくこくと頭を振った。
「いいか、俺の指示以外では部屋からも出るな。ケダモノの面を外に出すんじゃないぞ!」
「ぅ…うぅ、はいっ……」
「絶対に……約束だ」
言葉の最後がかすれて、囁くような小さな声になる。いつもの月華の声にも聞こえた。きっと疲れているのだろう。
僕のそばに来て縄を解くと、しばらくの間縄の痕が付いた僕の手首を握って、うつむいてうずくまる。肩が小さく震えていた。
「疲れた、寝る……」
声も鼻声だ。東雲大輪も褥の後、こんな声だったような気がする。お客様に随分と鳴かされたのだろうか。
「じゃあ、奥の部屋へ」
「あそこは嫌だ。ここでいい。お前を布団代わりにするから、おまえも寝ろ」
「えっ? あっ……」
あっという間に体を反対側の横向きにされ、後ろから抱き枕のように抱え込まれる。
その先に見えた奥の部屋には、褥仕事の激しさが垣間見える、緋色の布団があった。
ついさっきまでここで月華とお客様が……。
胸が締めつけられる。同時に、月華に体をぎゅっと締めつけられて、その加減なのか、縄で締め上げられて痛かった足首を、月華の尻尾がするりとさすったように思えた。
……馬鹿だな、僕。
慰められているような気持ちになって、泣けてくる。
花になった月華は今までの月華とは違うのに。そして褥仕事を知った僕も、多分今までの僕とは違うのに。
部屋の隅で淡く揺らめいていた行燈の光が消える。暗闇の中に僕たちの子ども時代を覆い隠すかのように、そっと、静かに。
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