日々

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***  指先に向けて「はー」と息を吐く。白くなった空気が指先に当たる。  けれど何度繰り返してみても、痺れるほど冷えた手は温まらない。 「今年の冬は今までで一番寒いね」  同じ洗濯当番の、年下のたぬき獣人の蕾に声をかけると、 「そうですかぁ? 毎年こんなものだと思いますけど。それよりこれも洗っておいてくださいね」  しゃがんで緋襦袢を洗っている横に、山盛りの布団掛けをドサー!と置かれた。 「俺は花の昼食を準備するよう言われているので、後(あと)の洗濯はお願いしますねっ」 「待って。こんなの一人じゃ……」  急いで呼び止めるけれど、たぬきの子は返事もせずに廓の中に入っていってしまった。  先週、十六夜も花になり、夢幻楼の蕾の中では僕が一番年上の古株になったとはいえ、年下の子たちは皆、「ケダモノ」の僕をあからさまに毛嫌いしている。  月華と日向が花になって以降、最後まで目を光らせてくれていた十六夜が蕾部屋からいなくなった途端、分担以上の仕事を割り当てられたり、おやつを取られたり、なんていう少しの嫌がらせを受けるようになった。 「寒……」  ぴゅうぅと風が吹く。落ち葉がカサカサと音を立てて地面を舞う。  隣に並んでいた子がいなくなっただけで、北風の当たりが強くなった気がした。 「ああ、そうか……」  去年までの冬がそう厳しく感じなかったのは、いつもそばに月華がいてくれたからかもしれない。 「毬也」って呼んで、僕を抱きしめて。 「かわいい」ってにしゃっと笑って、僕の頬や耳を舐めて。  耳をピクピクさせて、尻尾を巻き付けてきて、肉球がある手のひらで腕や手を撫でて温めてくれた。 「月華……」  失ったぬくもりの大きさを今さらながら実感して、胸が痛くて熱くなる。滲んできた涙を拭こうと手ぬぐいに手を伸ばすと、布団掛けの山が目に映った。  これは花たちが褥仕事で使った布団の掛け布だ。月華も毎晩この布に縫い付けられて春を売っている。 「やだ……嫌だよ、月華……」  僕とは関わりがなくなった月華でも、僕はまだ月華が好きだ。  兄のような親友の月華。君が、僕が知らない大人に微笑んで、抱きしめられてぬくもりを共有していると思うと今でも切なくなる。  体は痛めていない? 心はすり減っていない? 月華、月華。昔みたいに布団に二人で寝転んで、眠くなるまでくっついて話がしたいよ……。 「ぐす……」  とうとう涙が零れ落ちる。  すると、後ろで足音がして、僕は急いで涙を拭って振り返った。
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