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獣化
僕も入ったことがある仕置き部屋は西側の棟の奥にある。今お仕置きを受けている人はいないから、誰もいなくて薄暗いだろう。
僕は小さな行燈を手にして、先に掃除用具を出すために物入れに入った。
やはりとても薄暗くて、少しかび臭い。
昼間だけど幽霊でも出てきそうで、おそるおそる足を踏み入れる。
「……!」
進んでいくと、ニョキッと伸びた二本の足が見えた。
ゆ、幽霊!?
「いや、幽霊は足がない……」
じゃあ誰なんだろう。綺麗な足だから花の誰か?
ゴクリと唾を呑み込み、床を照らしながら進む。
「……動物の毛?」
掃除をしていないのか、動物の換毛期のときに出るような毛が床に落ちていた。
白い毛と、たまに黒いものも混じっている。
獣人族は換毛期の他にも月に一度の獣化のときに毛が落ちるから、この足の持ち主がここで獣化していたんだろうか。
「誰がこんな寂しいところで……」
この毛だと犬か猫かな……猫……?
「もしかして」
期待を持って進み、控えめに行燈を持ち上げて足の持ち主を照らした。
「あっ……?」
目に入ったのは、上半身だけまだ獣の、とても大きな白猫。
──違う、虎……白虎? ……ううん、そんな上位の獣人が遊郭にいるわけがない。
暗いから見間違いかと、目をこすりもう一度行燈を照らし直す。
「……月華……」
やっぱり見間違えか。そこにうつ伏せて横たわり、眠っていたのは月華だった。
やはり獣化していた様子で、顔や腕に少し毛が残っているし、体の周りにも抜けた毛が落ちている。
獣人族は生命の危機が迫ったときや、気持ちが高ぶったときなどに獣化しやすい。ただ成獣(おとな)になるほど人型を保つことを理智的としている彼らは、成獣以降、不測の獣化を未然に防ぐために月に一度獣化をして、体調を整えている。
その定期の獣化は他人に見せるものではなく、廓の皆も人目に付かない場所を選んでいるのは知っているけれど、大抵は自分の個室だ。月華も個室があるのに、いつもここで獣化の時間を過ごしているのだろうか。
それにしてもよく眠っている。僕はそばでしゃがんで月華の願顔をのぞき見た。
「毛は白くなったけど、サバトラ猫だもんね。体が大きくなったから、虎に見間違えたんだ」
かっこよかったな、と思いながらもう少し体を近づける。
獣化は疲れるのだろうか、それとも日々のお座敷や褥仕事がきついのだろうか。月華が目覚める様子はない。
「……お疲れ様」
目覚めないのをいいことに、つい綺麗な流れの髪に触れてしまった。つる、つる、と頭を撫でる。
「ん……」
すると当然とはいえ気配に気付かれてしまったようで、月華の眉が寄り、長いまつ毛が震えた。
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