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まずい。すっかり僕のことを嫌っている月華だもの。こんなに近くにいたら牙を剥いて怒るかもしれない。早く出て行かなきゃ。
急いで立ち上がろうと床に手を付く。すると。
「毬也……」
月華がふにゃふにゃの柔らかな笑顔を向けて、僕の手首を握ってきた。
「月華……? わっ」
予想外の表情に驚き、動けないでいると、上半身を起こした月華の腕に包まれた。
さらに月華は、僕の唇の端を舐めてくる。
「甘い……苺の味がする……うまかったか?」
ぺろ。ぺろぺろ。
「げ、月華?」
どうしたの? 前みたいにこんなことをするなんて。
でもそれより……!
うつ伏せだったから気がつかなかったけれど、獣化したから帯が取れて着物がはだけている。
したおびも外れて、前だけ見たら裸も同然。
男娼らしく白くて綺麗な肌でも、やっぱり月華の体は大人の男の人のものだ。
「……や、やだ、月華、離して……!」
目のやり場に困り、月華の顔をそらして月華の胸を押した。直後、はっと息を呑むような音がして、月華の気配が後ろに下がった。
「……毬也! どうしてここに」
顔はそむけたままでも、月華が着物の帯を拾い、前結びで結んでいるのがわかった。
そろそろ前身頃は閉じられただろうと、そっと月華の方を向く。
「……仕事、しないとご飯が食べられないから、こことお仕置き部屋の掃除をもらって……」
「ふん……そうか、お前には褥仕事は無理だからな。毬也は雑用だけやってりゃいいよ」
月華はすっかり着物を正し終えていて、冷たい表情で冷たい声で言った。
どうやらさっき抱きしめてきたのと舐めてきたのは、寝ぼけていたらしい。……そうだよね、前のように戻れるなんて、ないよね。
わかってた。だけど頑張るって決めたんだ。そんなふうに言わないで。
「……無理じゃない。僕だってお客様が付けば褥仕事くらいできる。前も、月華がお客様を横取りしなきゃ水揚げができていたもの!」
ムキになって言ってしまう。本当は怖いくせに、月華に「役立たず」と思われるのが嫌だった。
だって蕾だった頃、月華はいつも言ってくれたのに。
──毬也はどんなことも丁寧に一生懸命にやるよな。そういうとこも、すごく好きだぞ。
そう言って、僕が皆よりうまくできないことでも、できるようになるまで付き合ってくれたのに。
「は? なに言ってんの? お前みたいに弱っちいのが褥に耐えられるわけないだろ。なにされるのかちゃんとわかってんのかよ! 知らない男に貫かれるんだぞ!」
かあぁぁ! と顔が熱くなった。
「わ、わかってる。東雲花魁に教えてもらったもの。お尻に、受け挿れるくらい、できる!」
……嘘だ。あんなことできる気がしない。でもでも、いつかはやらないと、裏方仕事だっていつかはもらえなくなる。十六夜や日向に差し入れをもらってばかりじゃいられない。
「……っ毬也」
月華の声色がひどく苦々しくなる。同時に僕の背を壁に押しつけ、ダン! と音を立てて壁に両手を付いてきた。壁と月華に体を囲まれている。
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