月華の心

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「月華な、大輪になるまで毬也を守ってやってくれって、花になった翌日に……あいつ、楼主様に呼ばれて説教を受けただろう? あの(あと)俺たちに頭を下げに来たんだ。そんなことされなくても、僕たちは毬也の味方だけどな」  日向が腹をくくったようにひとつ息を吐き、十六夜の隣に正座した。  「あいつの毬也贔屓は蕾の頃からあからさまだったけど、橘さんを筆頭に、ここに住む多くは「ケダモノ狂い」なんて言い方をして、反感を持ってた。月華が花になったらそれがいっそうひどくなるのは目に見えてるのに、蕾のときみたいにずっとは一緒にいられない。守ってやれなくなるって焦った月華は、初日からお前に辛く当たる芝居をして、なんとか毬也を手の内に囲おうとした」 「あれは、そういうことだったの……?」  そんなの、全然気が付かなかった。  僕は驚きで呆然としてしまった。 「毬也を傷つける稚拙なやり方だったとあいつは嘆いてたけど、俺たちは見事に騙された。でもな、楼主様にはお見通しだったんだ。毬也も言われただろ? 「月華に近づくな」って。月華も言われたんだ。「これ以上毬也にかまうなら、あの子は(シャバ)に捨てますよ」って」 「そんな……!」  それ以上は言われなくてもわかった。  月華は僕を守るために、たくさんのお芝居を重ねてきたんだ……! 「それでね、月華がお仕事をすごく頑張ってるのも、毬也のためなんだよ?大輪になれば世話役の子の希望が言えるから、早く大輪になって毬也をそばに置くんだ、守るんだって言って……。それとね、それとね、差し入れも、苺も、毬也が使ってる洗濯の手袋だって、全部月華がこっそり用意したんだよ! 月華はいつも陰から毬也を見守ってるんだよ!」 「うん、うん……!」  胸がいっぱいだ。いっぱいすぎて破裂しそうで、体をふたつに折ってそこを押さえた。    月華……僕は君が変わってしまったんだと、僕から心が遠く離れてしまったんだと思っていた。大輪になるのにケダモノの僕が邪魔なんだろうと誤解して。  でも君は、出会った日に「俺がお前を守ってやる」と言ってくれたあの言葉を、今でも忘れないでいてくれたんだね。  体中に嬉しさと喜びが満ちてくる。 「今でも月華は、僕を親友で、弟分だと思ってくれているんだね……」 「えっ? いやあの」  十六夜が目をまん丸くして、フサフサ尻尾をきゅっ、と立てた。 「十六夜、それ以上は黙っておけ。殺されるぞ」  日向がすかさず目頭に力を入れて、十六夜を見る。 「それ以上? 殺す?」  僕は日向の言葉を借りて問いかけるけれど、二人は苺を食べろと言ってくれたときのように目を細めて、「なんでもない」と声を揃えた。  そうして二人は部屋に戻って行き、扉を出る直前に十六夜が、「気の毒に、月華……」と言った気がしたけれど、よく聞こえなかったから聞き間違えかもしれない。  それから僕も物入れと仕置き部屋の掃除を終えて部屋に戻ると、残しておいた苺を食べた。  苺はもらったときよりも傷んでいる。けれど熟れた赤さが胸の熱さに比例しているように思えた。口に含むと酸味の抜けた甘さが広がり、今まで食べた苺の中で一番おいしいと、僕は甘さに酔ったように浮遊感を感じていた。
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