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「うんま! この涙、ぅんま!」
ペロペロペロペロ……。
月華は尻尾をふりふり、耳をピクピクさせながら両方の頬を舐めて、興奮した様子を見せた。ネコ科動物特有の、普段は細い瞳孔を大きく開いて、きらきらと輝かせていたことを覚えている。
「おまえ、ケダモノなのに噂と違って全然気味悪くない。黒いまん丸目も、光る粒の涙も水晶みたい! こんなに綺麗でかわいい生き物に出会ったのは初めてだ。かわいい。すごくかわいい!」
「か、かわいい? 僕は男だよ? それよりケダモノだなんて……ひどいよ」
初めて会ったのに、彼にも僕がつまはじき者に見えるのか。
普段は相手に言い返すなんてしないのに、このときの僕は感情が高ぶっていたのだろう。とても悲しくなって、涙をぽろぽろとこぼしながら訴えた。
「どうせ僕なんか誰にも必要とされてない。だけど知らない人にまでそんなふうに言われたくない」
「ん~? だってお前、耳なし尾なしじゃないか。どう見ても異世界の「ケダモノ」だろう?」
「異、世界……?」
「行くところがないなら俺とおいで。ここは居場所がない者の集まりだし、おまえみたいな小さくてかわいいケダモノは、外に出たらすぐに殺される」
そう言いながらまた、ペロリペロリと頬や目のふちを舐めてくる。
後で知ったことだけれど、動物の血が多い獣人は喜怒哀楽では涙が出ない。目が乾燥したときに数滴出るくらいだそうだ。だから感情で出る涙が、月華にはとても珍しかったようだ。
「僕、殺されるの⁉」
楽しそうにじゃれてくる月華とは対照的に、そのときの僕はケダモノだとか異世界だとか、ましてや殺されるとか! どういうことなのかわけがわからなくて、大パニック。
そうしたら、月華が僕の手に指をからめて固く握った。
「大丈夫。お前は俺が守ってやる!」
満面の笑みでそう言うと、今度は手を繋いだままで勢いよく走り出して。
僕は驚きの連続で目が回りそうになった。けれど手のひらの部分に肉球がある月華の手は温かくて柔らかくて、そして力強くて……僕は月華に導かれて、ここ「夢幻楼」で生活をすることになった。
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