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それからしばらくじゃれ合ったあと、花たちが着る緋色の襦袢を干すのを皆も手伝ってくれて、僕たちは揃って大輪の部屋に行った。
月華が大輪の部屋の扉を少し開けると、中から声が漏れ聞こえてくる。
「とうとう来月ですね。東雲大輪を失うのは痛手ですが、吉野様は大層な身請け金をお納めになったから、楼主様もお喜びです」
「ああ。ありがとう」
声の主は、遊郭の実務責任者である遣手の橘さんと大輪だ。
僕は身を縮めて、月華の横で彼の着物の袖を握った。楼主様もだけど、橘さんはとても苦手だから。
「……それで、大輪が去った後ですが」
二十日鼠獣人の橘さんの細い尻尾が、しゅるりと畳をこすった。
「月華と日向だね?」
兎獣人の大輪の垂れ耳がさらに垂れたように見えた。
月華と日向? 二人になにかあるの?
「はい。二人とも成獣になったので、いよいよ水揚げです。最後の仕込みをしっかりと頼みますよ。じゃあそういうことで」
橘さんが立ち上がり、体の向きを変えた。
「……なにをやっているんだ、お前たち! 盗み聞きとは行儀が悪い」
僕たちに気づき、畳に尻尾を鞭のように叩きつける。
パシィッと音がして、尻尾で叩かれることが多い僕は、ぶるっと体を震わせた。
「別に、盗み聞きじゃねーよ。呼んでもらったから来たらアンタがいただけ」
察してくれたのか、月華が橘さんに言いながら、僕の手をぎゅっと握ってくれる。
「口答えをするな! 月華、お前はじき水揚げだぞ。品性のある行いをしろ! 日向、お前もだ。それに……」
橘さんがギロリと僕を睨む。
「ケダモノめ。お前がいるだけで夢幻楼の格が下がるわ!」
「す、すみません。……痛っ」
橘さんが僕の腕を尻尾で叩いた。
獣人ではない僕は、夢幻楼のお荷物だ。夢幻楼から出たことがない僕は出会ったことがないけれど、時々この世界に飛ばされて来るらしいニンゲンは、「ケダモノ」と呼ばれて蔑まれ、白い目で見られている。
だから蕾仲間の皆はお座敷の手伝いもしているのに、僕はお客様に不快な思いをさせないよう、厨房から座敷の扉の前まで食事やお酒を運ぶだけ。
月華はその方がいいよ、と言うけれどよくわからない。
僕に優しくしてくれる月華たちと同じ仕事をしたいし、僕がここで生活できるようにと、橘さんと楼主様に口添えしてくれた東雲大輪のお座敷のお手伝いをしたいのに。
「毬也になにすんだよ!」
すかさず月華が立ち上がり、シャー!と喉で唸りながら髪を逆立て、牙を見せて橘さんを睨む。
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