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「おやめ、月華。橘も」
お座敷の支度前の大輪が、波打つ桃色の髪を背に払いながらこちらに来た。
「橘、毬也は耳なし尾なしだけど、容姿は美しいし素直ないい子だ。毬也も私がいなくなっても一人立ちできるように、今夜からお座敷に入らせるよ。なに、私が責任を持って仕込むから、安心するといい」
「は? なにを言うのですか! 楼主様がなんとおっしゃるか」
「私が決めたとお言い。そうでないと吉野様にも言いつけるよ」
「くっ……。わかりました」
吉野様は大輪の花代だけでなく、夢幻楼の花全員に振る舞う総花代をたびたび置いていくし、上客を紹介してくれる太客だ。それがなくなると廓としても痛いのだろう。
橘さんは悔しそうに僕を睨むと、尻尾を下げて部屋を出ていった。
月華は「毬也が座敷に……」と、なぜか戸惑ったように言う。不思議に思いながらも、ようやく皆と同じ仕事ができるのが嬉しい僕は、大輪にお礼を言った。
「お座敷に入れるの、とても嬉しいです。大輪、いつも僕を助けてくださりありがとうございます!」
「皆と姿かたちは違っても、毬也がここでの生活を懸命に頑張っていることはわかっているからね。でも、これがいいことかはわからない……余計に辛いかもしれない」
大輪が悲しそうに眉を寄せて、僕の頭を撫でる。
辛い? どうして? 皆と同じ仕事をすればお手当ても増える。今までは大輪が食事や生活品を用意してくれたけれど、いつかは全部自分で賄わなきゃならなくなるんだから、そういう意味でも安心なのに。
「今日から毬也に教えるよ、遊郭の本当のことを。それから月華に日向は来月から花として恥ずかしくないように。十六夜も、来年は毬也と一緒に花に上がる。頑張りな」
遊郭の本当のこと? なんだろう。裏方仕事しかしたことがない僕には、わかっていないことがたくさんありそうだけれど、そう言われると緊張する。
「はい、大輪」
月華たち三人も、戸惑いと緊張が混ざったような声で返事をした。
その後、僕たちは下働きのご褒美にと大輪から苺を頂き、最近甘酸っぱいのが苦手になったと言う月華は、苺が大好物の僕に自分の分を全部くれた。
月華もすごく好きだったのに味覚が変わるんだね、と言うと、僕の唇をペロッと舐めて、尻尾をフリフリしながら「うん、こっちの方がおいしい」と笑う。
大輪は僕と月華を見てくすくす笑い、日向と十六夜は耳をぺたんと下げると、「やれやれ」なんて、ため息混じりに言っていた。
月華のアログルーミングに呆れたのかな? 確かに月華のスキンシップは過剰だよね。
でもね、優しい兄貴分の月華が僕はとても大好きだ
──これから先も、このままずっと一緒にいられますように。
ふにゃふにゃの笑顔の月華を見ながら、そう祈った。
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