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高校にはあまり部活がなくて、唯一ドラムに触れられるのは、歌が中心の音楽部だった。
歌じゃなくて楽器をやりたい生徒が数人いて、合唱練習の合間に楽器を演奏しにくる程度。それでもいいからドラムを叩きたい、そう思って音楽部に入部したのが高校二年の時。
文化祭くらいには出られたらいいとメンバーを組んだばかりで、その中でもうドラムは江崎君という同級生に決まっていた。どっちにしても母さんにばれないようにしないといけないから、表舞台には立てない。
江崎君たちレギュラーメンバーのサポートにしかなれないのは少し悔しかったけれど、江崎君が使わない時間にドラムを叩けるだけで楽しかったから、深く考えないようにしていた。
「相枝って、すごい真面目だよね」
「え?」
しゃがみこんでバスドラムのキックペダルを外していたので、何を言われたのか分からず聞き返した。
江崎君はシンバルを外してケースに仕舞っているところだったけれど、シンバルに噛ませるスポンジを適当な場所に置きっぱなしにするので、慌てて回収した。スポンジは小さいから、一度失くすと簡単には見つからない。
「そういうところとかさ」
「そういうところ?」
「ちゃんとさぼらないで楽器を片付けたりとかさ」
「……音楽部の中でせっかく楽器が出来るなら、やることはやらなきゃなって思ってるだけかな」
「ふーん。相枝は本当にドラムが好きなんだね」
楽器チームの練習が終わったら、ドラムも例外なく楽器すべてを音楽準備室に片付けることが継続の条件で、毎回スタンドやペダルを外したり、ドラムやタムは準備室の棚に仕舞ったりしないといけなかった。
江崎君は少し遅れて練習に参加することが多かった。江崎君に限らず他のメンバーも同じような感じで、真面目にやる気はなさそうだったから、僕が片付け要員で重宝されているのは明らかだった。
「部活に来てると、みんなとわいわい出来て楽しいじゃん。相枝は?」
「僕も楽しいよ」
「なら良かった」
江崎君は決して悪いやつじゃない。他のみんなもだ。ただお祭り気分で集まっていたいだけだ。
深く考えないと決めてはいても、ネガティブな思いはついて回った。江崎君じゃなくて僕がレギュラーメンバーだったら、もっと上手くなれるのに。
どうやったら人より上手くなれるんだろう、そんなことを考えながら足先は近くの音楽スタジオに向かっていた。そこでは、ドラムのレッスンが受けられるのをポスターで見て知っていた。
小遣いでレッスンに通うには限界がある。来年になれば大学受験も控えている。入るとはなしに入り口に貼ってあるスタジオの料金表を眺めていた時、『高校生音楽コンテスト開催』の文字が目に飛び込んできた。
歌、合唱、楽器……演奏形態によって部門があり、予選を勝ち抜いた高校が本番のステージに上がれるという。エントリー締め切りは年末。コンテストのテーマソングは、エンシオが歌う新曲の『スタート』。
目をこすってもう一度その名前を見た。こんなところでエンシオに会えるなんて。エンシオが夢の始まりを応援してくれる、そんな風に思ったらもういてもたってもいられなかった。
やれるだけのことはやってみよう。当たって砕けてもその時はその時だ。普段、自分から何かアクションを起こすことの少ない自分の中で、何だか急にふつふつと力がみなぎっていくような気がして、スタジオを出るなりすぐ、部活メンバーのSNSへメッセージを送った。
『ねぇ、音楽コンテストに挑戦してみない?』
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