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 次の週の月曜日、エンシオの事務所があるビルの前に僕は来ていた。  履歴書に記入したのは、大学入学までの学歴と英検しか持っていない資格欄だけだ。アルバイトは初めてだから職歴欄は真っ白。学生証を作る時に撮ったぎこちない表情の証明写真は、まっすぐ切ったつもりなのにきちんと長方形に収まっていなくて気になる。  一番悩んだのは志望動機。エンシオのファンだから、だけしか書かれていなかったら、なんだこいつで一発アウト必至だ。そうだと思い出して、高校生の時にエントリーした音楽コンテストのことを書いた。音楽活動に本気を出せたこと、みんなと一致団結できたこと、裏方で役に立てたのが楽しかったこと。まだまだ特技なんて言えたものじゃないけれど、ドラムをやっていることも思い切って書いた。  こんな履歴書だけれど、見てくれるだろうか。情熱はある。けれどそれを形にする勇気が、まだ自分には足りていないと思う。  パンパンと頬を叩いた。そうだ、これは夢を形にするチャンスなんだ。直接じゃなくても、大好きなエンシオのために仕事が出来るかもしれないし、スタジオ代が稼げれば、ドラムの練習を今よりももっと頑張れる。  ふう、と大きく深呼吸をして、エレベーターのボタンを押した。 「面接へ来てくれてありがとうございます。本当に助かりました」  入るなり、事務所の社長である高杉さんが、忙しそうにキャスター付きの椅子を僕にすすめた。電話で言っていた通り本当に引っ越したばかりのようで、今のところ事務机のセットが二つ、脇にも机の上にも段ボールが積み上がっている。応接セットもあるにはあるけれど、そこへたどり着くにはいくつもの段ボールを乗り越えないといけなさそうだ。  エレベーターから事務所へたどり着くまでにいくつか部屋があって、そこでもだれかが慌ただしく動いている様子があったから、きっと本当に人手が足りないのだろうと予想がつく。  高杉さんの名前は知っていた。エンシオが自分達で動画をアップしてた頃に彼らを見出し、マネージャーとして売り出したという、ファンの中では有名な人だからだ。 「同じフロアに音楽スタジオを作りたくて引っ越したんだけど、ご覧の通り何も片付いていなくて。所属アーティストはエンシオだけだから、出来ることは自分たちでするつもりだし大所帯にする必要はなかったんだけど、順調に忙しくなってきて、特にスタジオの管理を任せられる人を探そうということになったんです。ゆくゆくはこっちの事務所の仕事も手伝ってもらいたいなと思ってます」 「でも、僕履歴書の通り、アルバイトの経験が全くなくて……仕事は何でもやりますけど、任せてもらえるほどかどうか……。夕方からの勤務ですけど、土日祝日は大丈夫なんですけど」 「履歴書は見させてもらいましたよ。管理といっても使用したあとのスタジオを掃除してもらったり、備品をチェックしてもらったり使った機材を元に戻してもらうだけだから、今まで楽器を扱った要領でやってくれれば大丈夫です。ちゃんと教えますし」 「はい」 「音楽コンテストには、うちのエンシオもゲストで参加したことがありますよ。これも何かの縁ですね。特技はドラムって書いてあるけど、ドラムで参加したんですか?」 「……事情があって表には出なかったんですけど、中学からずっとドラムは続けてます」 「そうなんだ。好きなんだね、ドラム」 「はい」  そう言うと、高杉さんは何やら履歴書にいろいろと書き込んだ。今の会話が採用に影響されるんだとしたら、上手く受け答え出来ていたかどうかやたらと心配になる。 「電話でも話したけど、軌道に乗るまではいろんなことやってもらわないといけないし、勤務時間や曜日のわりには高収入ってわけでもないのが申し訳ないんだけど。実はそれで、何人かに辞退されちゃってて。土日祝日関係ないしね、うち」 「それは問題ありません」 「ありがたい」  高杉さんは胸ポケットから名刺入れを取り出すと、名刺を一枚僕に渡した。 「履歴書や聞かせてもらったお話から後日あらためてご連絡をさせてもらいます。すみませんがしばらくお待ち下さい」 「はい、分かりました。今日はありがとうございました」  最低限のアルバイト面接マニュアルは頭に入れてきたから、おかしなところはなかったと思う。あとは選んでくれるかどうかだけだ。やるだけのことはやった。
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