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「あらためてよろしくお願いします。社長兼マネージャーの高杉です。今ちょうど事務所にいたので紹介するね。詠汰、新しく入ってくれたアルバイトの子」
前回より少しだけスペースの広がった応接セットで高杉さんと一緒に座っていたのは、赤く染めた髪がよく似合う知った顔だった。
「置鮎詠汰です。よろしくお願いします」
「あ、相枝和音です。が、頑張りますのでよろしくお願いします」
「緊張しないで大丈夫だよ、すぐにこき使われるから高杉さんに。あ、歌維人、アルバイト君来たよ」
大きな段ボールから金髪が覗いている。荷物を事務所の隅へ置くと、「詠汰ずりぃぞ、俺も休憩しよ」とソファに座ったのは、歌維人だった。
「竹内歌維人です、よろしくです」
「よ、よろしくお願いします」
「えっとね、あと二人いるんですよ。第一スタジオの方にいるから案内するね」
「え、え、あの」
「詠汰、ついでにいろいろ見せてあげて。相枝君、歌維人と詠汰について行ってくれる?」
「は、はい」
大変なことになった。アルバイト初日の手続きだけするものだと思っていたら、いきなりメンバーに挨拶することになって、頭は大パニックだ。
片付けきれていない段ボールをどかしながら、二人は同じフロアのスタジオへ向かおうとしていた。慌てて追いかける。足がもつれそうになって、大丈夫かーと心配されてしまった。
「おーい、アルバイトの子来たよ」
改装中のスタジオに置かれたミキサーの下から身長を持て余すように出てきたのは、奏だ。
「おお来てくれたんだ。今事務所がこんな感じなんで助かります。エンシオの乾奏一郎と言います。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「奏一郎だとめんどくさいから、奏って呼んでいいからね」
「お前が言うなお前が」
ああ、いつも動画で見ているこの感じ。本当に四人は仲が良いんだなと、思わずファン心理が働いてしまう。アルバイトとしてそういう下心は表に出したらいけないと思うのだけれど、目の前でのやりとりには勝てなかった。
「笑われてるぞ」
録音ブースから出てきたその姿に、僕は思わず息を呑んだ。黒縁の眼鏡、少し長めの前髪、眼鏡の奥に見える穏やかで優しい眼差し。少し低くて柔らかく耳に届く声。
「よろしくお願いします、十丸響也です」
しばらく何も言えなかった。目を閉じていても分かるその声。声と声を優しく繋いで、ハーモニーを生み出す響也の声に、何度も励まされてきた。
「初日で四人も紹介されても分からないよね」
響也が優しい苦笑をして、ごめんねと謝る。違う違う、分からないわけがない。僕は四人の声をずっと聞いてきたんだから。
「い、いえ。みんな分かります。すみません。びっくりしちゃって」
「そうそう、相枝君はエンシオのファンだって。響也が貼ったポスター見て応募して来てくれたんだ」
背後から高杉さんが助け舟を出してくれた。
「そうなの? あの音楽スタジオ?」
「は、はい」
「あそこのインストラクター、俺の知り合いなんだよ」
「知り合いっていうか、昔の仲間ね」
「ああブラックスワンの!」
「やめてくれ」
集まってきた四人が口々に乗っかりはじめて、スタジオが賑やかになる。せっかく相枝君が来てくれたんだから歓迎会をしようとだれからともなく言いはじめ、やりかけの引っ越し作業は中断された。
高杉さんも、登録作業や仕事内容の説明は後回しにする気なのか、「事務所のテーブル片付けてくるわ」と、そそくさと準備へ消えて行く。
「何かあるとすぐこんな風に脱線するから、いつまで経っても作業が終わらないんだよ」
響也が僕に耳打ちをして笑った。つられて僕も思わず笑ってしまった。
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