長谷川センセイ 10

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 それから、まっすぐに、家に帰った…  どこにも、寄り道をせずに、家に帰った…  正直、自宅に戻ると、一仕事、終えた気分だった…  家から、出て、病院に診察に行く…  それだけで、もう一仕事、終えた気分だった…  …一体、今日、アンタは、なにをしたんだ?…  …病院に行っただけだろ?…  と、自分自身に、言ってやりたくなる(苦笑)…  自分自身に、突っ込みたくなる…    が、  それが、体力の限界だった…  自分でも、歯がゆいが、それ以上のことは、できない…  歯がゆいが、これが、精一杯…  今の自分のできる、精一杯のことだった…  つくづく、自分が情けない…  しかしながら、これが、現実…  まがうことのない現実だった…  そして、私は、それを受け入れた…  受け入れざるを得なかった…  なにしろ、体力だ…  自分の体力だ…  受け入れざるを得なかった…  こんなことも、満足にできないのか?  と、自分でも、驚くことがあるが、それだからこそ、受け入れざるを得なかった…  そして、それを、思えば、報い…  報いという言葉が、私の脳裏に浮かぶ…  従妹の寿綾乃になりすまして、生きた報いという言葉が、私の脳裏に浮かぶ…  そして、運命…  大げさに言えば、運命という言葉が、脳裏に浮かぶ…  すでに、何度も説明したように、私、矢代綾子が、亡くなった従妹の寿綾乃になりすまして、上京した…  そして、寿綾乃になりすまして、上京したときから、人生が一変した…  人生が、上昇気流に乗ったというか…  一気に、目の前の視界が開けてきたとでも、いえば、いいのか…  ともかく、上京を契機に人生が、一変した…  それは、藤原ナオキに出会ったからだ…  小さいながらも、会社を立ち上げて、まもない、ナオキに出会ったからだ…  ナオキの成功物語と共に、私も成功した…  そういうことだ…  藤原ナオキと出会い、共に人生を送ることで、成功した…  そういうことだ…  だから、人生は出会い…  出会いに尽きると、つくづく思う…  どんな人間に出会うかによって、人生は、変わる…  人生は、激変する…  とりわけ、私のような女はそう…  結婚する相手によって、人生は、激変する…  シンデレラが、いい例だろう…  王子様に見初められたことで、将来の王妃になる…  実に、よい例だ…  私も、そう…  同じ…  藤原ナオキに出会わなければ、今の私は、なかった…  今の寿綾乃の成功はなかった…  つくづく、そう思う…  要するに、恩人…  藤原ナオキは、恩人だった…  ナオキに出会わなければ、今の私は、ない…  億ションに一人で住むような生活をする私は、ないと、いうことだ…  だから、恩人なのだが、それを、思えば、何度も言うように、出会い…  誰と出会うか?  どんな人間と、人生を共に歩むか?  で、誰もが、自分の人生が激変すると、思う…  そして、もしかしたら、それは、運命…  すでに、決められた道なのかもしれないと、思う…  もちろん、普通ならば、こんなことは、考えない…  私が、病に侵されたから、考える…  自分の運命について、考える…  当たり前のことだ…  それは、ちょうど、サラリーマンで言えば、 前途洋々、出世街道を突っ走っていると、自他ともに、認めていた人間が、突然、リストラ宣告されたようなもの…  まさに、まさか?  自分でも、まったく予期してない出来事に遭遇して、慌てる…  ちょうど、落とし穴に、落ちたようなもの…  だから、驚き、慌てるし、自分の人生を考える…  そういうことがなければ、普通は、誰も自分の人生なんて、考えない…  ハッキリ言って、成功している人間が、真剣に、自分の人生を考えることは、あまりないだろう…  失敗して、初めて、考える…    失敗というのは、会社員のリストラでも、私のような病気でも、家族がいれば、本人でなくとも、家族の不幸でもいい…  家族の不幸というのは、やはり、子供の不登校や、例えば、奥様の不倫とか…  とにかく、想定外の出来事…  想定外の不幸な出来事…  それに遭遇して、初めて、自分の人生を考える…  そういうものだ(苦笑)…  誰もが、自分の人生がうまくいっていれば、自分の運命なんて、考えない…  うまく行かなくなったから、考える…  そういうものだ(笑)…  かくいう私の場合は、癌になったから、考えた…  癌になったから、自分の運命を考えた…  いや、  実は、それ以前にも、考えたことがある…  それは、ナオキが、上昇気流に乗るように、会社が、うまくいったとき…  すでに、何度も説明したように、私は、ナオキの事実上の妻だった…  妻である、ユリコが、突然、失踪したからだ…  だから、残された、幼いジュン君の面倒を見る形で、ナオキと、暮らした…  そして、最初の頃は、ナオキの会社も滅茶苦茶忙しく、私も、手伝った…  そして、ほぼ並行して、ジュン君の面倒も見た…  幼いジュン君を家で、ひとりで、置いておくわけには、いかなかったからだ…  だから、ナオキの職場に連れてきた…  そして、会社が、大きくなり、大げさにいえば、私の手を離れたというか…  私が、必死になって、手伝わなくて、すむようになった…  そのときだ…  ハッキリ言えば、少しだが、余裕ができた…  そして、余裕ができたことで、初めて、自分の運命を考えた…  自分の人生を考えた…  なぜなら、目まぐるしい速度で、ナオキの創った会社が、成長し、大きくなった…  そして、それを象徴するように、住まいが、変わった…  最初は、安アパートだったのが、貸家の一戸建てになり、それから、マンションに移った…  そして、そのマンションも徐々に大きくなり、最終的に、今の私が住む、億ションになった…  つまりは、ナオキが、成功したことで、私やジュン君の住む環境も、激変したということだ…  そして、その過程で、初めて、私は、自分の運命を考えた…  なぜなら、それまで、私の人生は、お世辞にも、うまくいってなかったからだ…  母と二人暮らし…  極貧というわけではないが、生活に余裕はなかった…  が、  それを、どうのこうの、思ったことは、一度もない…  なぜなら、私は、母が好きだったから…  だから、母と二人きりの生活に、満足していたからだ…  が、  しかし、上京して、ナオキやジュン君といっしょに暮し出して、少しずつ、自分の生活レベルが上がるのを、実感した…  そして、それを、著実に、実感したのが、今も言った、住まい…  住居だ…  明白に、徐々にグレードアップした…  そして、それゆえ、私は、自分の人生を考えた…  人生=運命を考えた…  普通なら、失敗して、人生を考えるものだが、私は、成功して、人生を考えた…  つまり、普通とは、真逆…  それは、なぜなら、私が、貧しかったから…  母には、申し訳ないが、裕福とは、程遠かった…  それが、一転して、裕福になった…  お金持ちになった…  だから、自分の運命を考えた…  そういうことだ…  だから、普通なら、会社員なら、リストラされて、自分の運命を考えるのだが、私の場合は、貧乏から、裕福になったから、自分の運命を考えた…  そういうことだ…  そして、運命を考えた動機は、真逆だが、理由は、同じ…  いっしょだ…  つまりは、環境が激変した…  それが、理由だ…  環境が激変することで、自分の人生を考えた…  ただ、違いは、会社員がリストラされた場合は、良い環境から、悪い環境に変わったということ…  私の場合は、貧乏から、裕福になったのだから、悪い環境から、良い環境に変わったということ…  その違いだ…  その違いに過ぎない…  いずれにしろ、環境が、激変したから、自分の運命を考える…  自分の人生を考える…  そういうことだ…  そして、それを言えば、誰もが、自分の人生を考えるのは、人生に行き詰ったときとでも、言えばいいのか?  私のような三十路の女の場合は結婚が、多い…  私と同世代で、結婚が、できない女性は、今の世の中、多い…  実に、多い(苦笑)…  すると、このまま、一生、結婚しないのか?  いや、  結婚できないか、考える…  それは、どうしても、女は、子供を産むからだ…  それが、男とは、違う…  子供を産むには、年齢制限がある…  今は昔と違って、医療が発達しているから、大分、歳をとってからも、子供を産めるが、それでも、妊娠するのは、どう考えても、四十代前半まで…  それ以降の年齢では、難しい…  だから、女は、結婚に真剣になる…  男とは、比べ物にならないくらい、真剣になる…  女にとって、結婚=子供を産むだからだ…  今の時代、例外はあるが、基本は、コレだ…  だから、結婚に悩む…  おおげさでなく、会社員が、リストラされたように、悩む…  女にとって、結婚は、人生の一大事だからだ…  私は、考える…  そして、男にとっては、就職…  長らく就職氷河期だったから、就職に失敗した男は、多い…  どうしても、男は、仕事のイメージがある…  女は、昔ながらに、結婚して、専業主婦の道もあるが、男は、そうは、いかない…  だから、その仕事選びにつまずくと、大変だ…  だから、それを、きっかけに、人生を考える…  自分の人生=運命を考える男も多い…  つまり、女は結婚で、人生を考え、男は、仕事で、人生を考える…    基本は、コレ…  リストラも仕事の一環だからだ…  いい大学を出ても、就職がうまくいかない男は、多いし、仮に、いい会社に就職が決まっても、仕事や同僚が、自分に合うか、否かは、わからない…  アントニオ猪木の名言ではないが、  …行ってみろ…  …行けば、わかるさ…  だ(笑)…  とりあえず、行ってみなければ、わからない…  そういうことだ…  そして、行ってみて、その会社の仕事が、自分に合ったり、同僚も、また、気が合う人間が、多ければ、ラッキー…  実に、ラッキーだ…  さらに、出世できれば、さらに、ラッキーだ…  これは、歳を取れば、誰もが、実感する…  なぜなら、同窓会ではないが、昔の知人に会ったとき、成功している人間は、ごく少数だからだ…  だから、歳を取れば、取るほど、実感する…  とりわけ、学生時代、自分と、同等か、あるいは、明らかに、自分よりも、成績の良い人間が、小さな会社に勤めていたり、出世できなかったのを、目の当たりにしたとき、実感する…  私は、まだ、三十代だから、そういう経験は、ないが、母から、聞いていた…  どうしても、母子二人だけの母子家庭で、育ったものだから、母の影響は、大きい…  母が、なにげなく、話していたことが、歳を取るごとに、実感する…  FK産業で、社長の藤原ナオキの秘書をしていたときにも、やはりというか…  良い大学を出ている者よりも、二流の大学を出ている者でも、仕事が、できる人間は、それなりにいると、聞いたことがある…  要するに、適性…  仕事が、自分に合っているのだろう…  どんな仕事が自分に合うのか?  やってみなければ、誰にも、わからない…  くじではないが、引いてみなければ、わからない…  くじを引いて、当たっていれば、ラッキー…  実にラッキーだ…  そして、そんなことを、考えると、運命というか…  自分の運命は、生まれながらに、決まっているのか?  とも、思う…  いや、  そう思う方が、楽なのかも、しれない…  私が、なぜ、癌にかかったのか?  答えは、見つからない…  それと、同じように、せっかく、誰もが、羨む良い大学を出て、就職できなかったり、出世できなかったり、すれば、どうしてか、悩む…  これもまた、明確な答えが見つからないからだ…  だから、運命というか…  あらかじめ、すべて、自分の人生は、決まっていると、考えれば、納得するし、自分自身、自分の運命に諦めがつく…  そういうことだ(苦笑)…  癌にかかるのも、運命ならば、良い大学を出ても、就職が、うまくいかないのも、出世できないのも、運命…  そう、思えば、諦めがつく…  自分の人生に諦めがつく…  自分の人生に納得がゆく…  本当は、どうか、わからないが、納得がゆく…  そういうことだ…  私は、いつのまにか、自分の癌という病と、就職や出世、結婚をいっしょにして、考えていた…  が、  これもまた、いつもこと…  いつものことだった…               <続く>
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