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夜、小腹が空いたので近所のラーメン屋に行こうとしたら、妹もついてきた。画家を目指しているという妹は、感性を磨かねばならないと、いつも妙なことをしていた。このときも駅前に至る道をすぐに逸れて公園の中に消えていった。ぼくが追っていくと、妹はブランコに乗っていた。靴下を脱ぎ、足の指と指の間に風を当てているのだと楽しそうに笑った。
「兄よ、兄よ、風が吹く、夜風が吹く、それは春風」
ぼくもブランコを何度か揺らし、それからまた歩き出した。
妹はぼくの数歩先を小走りだった。妹と歩く夜道は、いつだってこの構図だった。
ふいに道を猫が横切り、妹はまた駆け出した。猫は立ち止まり、妹を見上げた。逃げもせず、むしろ妹の足元にすり寄ってくるから不思議だった。白いノラ猫は、ころりころりと喉を鳴らし、ぼくに向かってアンニュイな視線を投げた。
「神でもパパでもそこいらのおねえさんでも、誰かにもらったたまごっちでもハイチュウでも、わたしに優しくしてくれる存在ならすべて好きなのよ」
「猫は、ハイチュウなんか食べないだろうさ」
と、ぼくはつまらないことを言った。
「あら、食べるわよ。いちごの味が大好きなの」
ぼくは妹ではなく、猫と話しているような気になってきた。だから柄にもなくたずねてみた。
「ねえ、猫さん。うまいラーメン屋はどちらですか」
「さあ、それは知らない。アツモノは好かないわ。わたし、猫舌だもの」
猫は、猫のテンプレのようなことを言って、春夜の中に去っていった。
そんなことを繰り返し、ぼくたちは、いつまで経ってもラーメン屋には着かないのだった。貝出汁の、なかなかにうまいラーメンを出す店だったのだけれど、のんびりと過ぎる春の夜も、それはそれでわるくなかった。
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