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ねがい屋
多くの人は亡くなったときに後悔をもっているものである。
あの時にもしやっていたら、どうせ死ぬなら一度はやってみたかった、というもの。
それを叶えるのが『ねがい屋』の仕事であり、芦原真琴の仕事である。
* * *
「はぁ。本当に私一人で出来るかなあ」
誰に聞かせるともなくぽつりと呟いた声はあたりの喧騒に巻き込まれて消えていく。
どんちゃん騒ぎの最中で一人でブルーシートに座っているのは自分くらいなのではないかと真琴は思った。
頭上では八分咲きを過ぎた桜が、春風に揺られて花びらを落としながらそよそよと踊っている。まるで桜の森のようにあたりに乱立している樹の下では、昼ご飯を食べている人や写真を撮る人が大勢いた。
簡単に言えばお花見の真っ只中である。
「本当は千聖と一緒に来るはずだったのに……」
ぶつぶつと親友の名前を呟く。それでもそれに答えるものはいない。
真琴がこの仕事を受けたのは二週間前。その時は同僚の千聖が一緒に来るはずであった。
しかし二日前。彼女には急遽、別の仕事が振り分けられた。彼女の成績が優秀だからだろう。てっきり別の人と組まされるとばかり思っていたが、上司は真琴一人にこの仕事を命じた。
「『丁度いい機会だから一人でやってみろ』って。まだまだ一人だと心配なのに……。あー。そろそろ行くか」
真琴は立ちあがる。ブルーシートの端に置いておいた靴を履くと、彼女を迎えに行くために歩き出した。
(確か、『一番大きな桜の樹の下に十二時』だったよな。でも一番大きな木って見つけるの難しくないか? 全部同じように見える……)
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