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しばらく歩いた所で、待ち合わせ場所が見つからない事に戸惑った。一番大きな樹、というヒントだけではどの樹か分からなかった。もう少し歩いて見つからなかったら上司に電話しようと真琴は決めた。
その時、側を歩いていた人の声が耳に入った。
「ねえ、あれじゃない? ここの名物の大桜って。何か看板立ってるっぽいし」
「ああ、本当だ。人もたくさんいる。僕たちも行こうか」
仲良く腕を組んで歩いて行くカップルだった。まだ付き合ったばかりなのか初々しさが滲んでいる。
高校生くらいだろうか。春という言葉がピッタリのふんわりとした雰囲気の女の子と、その彼女に笑顔を向ける優しそうな男の子。
この年──と言ってもまだ二十代だが──まで独り身の真琴としては羨ましい限りである。しかしここで彼らを恨んでも自分に彼氏が出来るわけではない。真琴は本来の目的を思い出して、彼らと同じ方向にある大桜へ向かった。
その桜は大桜と言うからに、とても大きかった。樹の下に何枚もブルーシートが引かれているが、それらをすべて包みこんでしまうかのように桜の枝は伸びている。
はらはらと花びらが散るが、それでもまだ頭の上には多くの桜が咲きほこっている。これでは、何故今まで真琴の視界に入らなかったかの方が不思議だ。その後真琴は樹が森のようになっているため、一つに繋がっているように見えていたのだと分かった。
やはり名物だからであろうか、その樹に多くの人がいた。真琴が席を取った場所とは比べるまでもない。あの場所も静かで桜を見るには丁度いいと真琴は思うのだが、『名物』という言葉に人は集まるのだろうか。
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