あなた

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 梅の花が咲いて、もうじき春なのかと思っていたら雪が降った。  カンナは独り暮らしだが、親の残してくれたお金と、夫の給料を節約して溜めた貯蓄のおかげで、お金の苦労はせずに過ごせている。  つい最近、こじんまりとした生家に戻ってきたばかりだ。  ゆったりと南の庭を眺める。  梅の花の上に雪が積もり、花弁を散らしていく。  それまでは夫のサブロウと一緒に都心近くのマンションに住んでいた。子供はできなかった。  サブロウは銀行マンで大学を卒業してから亡くなるまでの35年間真面目につとめ通したが、癌で亡くなってしまった。  もうすぐ定年という時期だったので、退職金がもらえないのはカンナにとっては少しショックではあった。  でも、退職金が出ないおかげでサブロウの囲っていた女たちと揉めずに済んだのは幸いなのだろう。  サブロウは結婚して3年経っても子供ができないとわかってから、カンナとは身体の関係を持たなくなっていた。特に病院で調べもしなかった。  カンナは自分が子供を作る道具の代わりだったのかとサブロウを恨んでみたこともあった。だが、男には種まき本能があるのも分かる気はする。  それはDNAを残すという男の本懐ともいうべきもので言葉に表せるものでもないのだろう。  カンナの知っている限り3人の女をそれぞれに住まいを与え囲っていたが、どの女との間にも子供はできなかった。  特に調べもしなかったが、案外、子供ができなかった原因はサブロウの方にあったのかもしれない。  カンナも特にサブロウとの身体の関係を持ちたいと強く願う事もなかったので、家庭の中は平穏ではあった。  サブロウが亡くなった後、カンナは、もう特にサブロウの勤務地に近い都心近くにいる必要もなくなったので、郊外にある生家に戻ることにした。  マンションも売って、老後の資金の足しにするのだ。    生家は多摩地区にあり、緑が多くて住みやすい場所である。  ニュータウン開発の前から住んでいたカンナの生家は、開発された駅の近くにあり、徒歩で駅までも行かれるので、車の免許がなくても特に不自由もしないだろう。  ここには5年前までやはり父に先立たれた母が一人で住んでいた。  その母も今はもういない。  電車で一本だったので、頻繁に風を通しには来ていた。  まだ痛んでもいないが、一応カンナが住みやすいように断熱や、各部屋のエアコンや電気設備などは新しくした。今の物の方が電気代の節約になるからだ。  サブロウが癌だったため、長期の入院をして、亡くなった後の事まで十分に考える時間があった。  カンナは亡くなる前から生家に戻る準備をしていたので、サブロウの四十九日が済んだ後にすぐに引っ越しをした。  色々な手続きも住んだ頃、夫の勤めていた銀行から電話がかかってきた。  銀行も片付けの手続きをしていたのだが、ようやく夫の死亡退職金が下りる準備ができたので、カンナに手続きをしてほしいとのことだった。  退職まえに亡くなっても退職金が下りるとは知らなかったカンナは、驚きながらも、いただける物はきちんといただこうと夫の勤めていた銀行まで行き、死亡退職金を受け取る手続きをした。  そのタイミングであなたは現れた。  夫が囲っていた女性の一人だった。  彼女は夫の勤めていた銀行の子会社にいたので、死亡退職金の事も知っていたらしい。  囲われていた他の女たちはまだ若く、それぞれ自分の職も持っていたのでサブロウが亡くなった後、カンナに『お世話になりました。』と律義に手紙を書いて来ていた。  あなたはカンナと同い年で、もうすぐ会社を辞めるので、いくばくかの金でも欲しくなったのだろう。 「こんにちは。素敵なお住まいね。」  あなたはそんな風に言って、何食わぬ顔でカンナにすすめられもしないのに家の中にあがってきた。  
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