3 海の色

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 有美は力を込め、嵐を操る。  海に塗り重ねられる色を眺め、フジは微笑む。一面を黒曜石のような黒が覆っていた。夜空よりも暗く、絶望よりは明るい中途半端な黒色。  題名は無い。つける必要も無かった。 「……私、あなたの黒髪の色が好きだったんだよ」 「イカ墨みたいな海で、誰も褒めないでしょうね」 「そうだね。でも、これが良いって思えたの」  人は簡単に変われない。人はじっくりと色を塗り重ねて自分を作っていく。この悪夢はその色の一層目だった。何処までもしつこくこびり付く、厄介な色彩だった。 「私の役目は終えたわ。後は貴方次第ね」 「……また会える?」 「さあね。でも、描けばいいんじゃない。忘れないように、もう一度出会えるように。それが絵を描くって事でしょう?」  景色が強制的にブレていく。  夢の終わりが近い。最後に有美は手を伸ばし、我儘な要求をする。 「手の甲にサイン書いてくれないかな?」  油性マジックが出現し、大スターのように熟れた仕草で文字を連ねる。こそばゆい感覚を覚えながら覚悟を練り直す。自分に嘘をつかない為に、この悪夢に二度と頼らないように。 「さよなら、また何処かで」  意識が強烈に捻じ曲がる。  書かれたサインから感じる仄かな温もりを抱き締めながら、有美は笑った。有終の美を飾るように軽やかに踊るフジを見ながら、一言を残す。 「意外と字、汚いんだね」
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