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1 ピリオド
木製のイーゼルを立て掛け、細筆を持つ。
幼気な春風が半開きの窓から入り、西野有美の柔肌を撫でる。放課後の夕日は美術室に置かれた粗末なデッサン用石膏像を照らし、その表情に彩りを加えている。数人の生徒と小太りの顧問が静謐な空間でそれぞれの作業をしていたので、彼女も同調して声は出さなかった。
今日、彼女は一つの人物を消す予定だった。それは人生の伴侶となり得る対象であったし、学生の青春時代を共に過ごした戦友でもあった。目の前の船絵に丁寧に色を重ねながら思考は宙を回る。午後六時、トイレの個室に入りスマホを起動する。指は慣れ親しんだルートを辿り一つのアプリを開く。青光が瞳を乾かせる。
アンケート結果。最下位は、戦友を嘲笑った。
投稿したイラストを間を飛ばしながら消去していく。対象は長い黒髪の似合う女性。少しの油断も無く、それでいて感謝を込めるように。二桁に上る作品達は声を上げることなく、その結果を甘んじて受け入れていた。
「さようなら……」
黒髪を喪った投稿欄は個性的な髪色で埋め尽くされている。純真が陰る程の絶望に立つ力も湧かずに座り込む。冷や汗の中には達成感など微塵も無かった。有るのは後悔と、疚しい安堵感。
彼女は一つのアイデンティティにピリオドを打ったのだ。数字を取れない弱々しいマイガールに対して。
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