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凍る世界を私の右手で閉じ込めていた。冬の季節は好き。街に人の気配が無くなるから。
雪の降る風景を私はスケッチをしている。こう見えて私は結構売れている画家だ。まあその辺にいても顔を知っている人は居ないけど。
だからではないが悠々と絵を描いていても単に暇人にしか思われない。
「暖かくて」
実状とは違う言葉を吐くのは、それが心の問題だから。
今の私の絵には風景の中に男の人が居る。いつだってそうで、私の絵には風景がなんだけどこの人がいる。その面影を思うと心が暖かくなるんだ。家に戻ったら消すのだろうに。
高校大学と美術を学んで数年のバイト生活を経て画家になってもう数年が過ぎ年齢も三十を軽く過ぎてしまった。稼げるのは嬉しいけどかなりの時間が過ぎてしまった。この絵の人は今はどうしているだろう。
「今回の作品も上出来だね。だけど、またいつもの病はあったの?」
私と贔屓にしている画商が新作を見て話している。彼女は高身長で長い髪が良く似合い美人で、若いころから画商として成功している。私とは真反対だ。
「まあ、いつものことだしね」
友達のように語り、私は否定をしない。彼女とはデビュー前から知っているので事情は話してる。
「十分素敵な絵だと思うんだけどなー」
二人でちょっと新作をけなす話し方をしていると、私よりもちょっと若い男が話し掛けた。
「この子の昔の絵を実際に見てないからさ」
この人は画商の旦那さん。もう新婚とは言えないのに今の仲が良くて二人はニコニコと話している。こんなところも私とは違うところ。
「それにしても、また知名度が上がっちゃうね」
私と画商がどう思おうったって新作の出来は他から見たなら十分なんだ。旦那さんが褒めてから新作を受け取り丁寧に梱包を始める。
その姿を見ながら用のなくなった私はマフラーを巻いて店を離れる準備をしていたら「彼を残してあげたら?」と画商の彼女が言う。
この「彼」とは絵には一度は描いてしまうあの男の人だ。
「今はダメなんだろうね」
少し寂し気に語ってから店のドアから凍てつく世界に出た。
絵の彼は空想の人物ではない。とは言え今はそんな存在に近付いている。遠い昔のことだ。私がまだ画家なんて夢も見てない単なる絵が好きな中学生のころの人。
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