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第2話 ノスタルジー
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歩道は赤土色に塗られていて、それを辿るように歩く。路上のスピーカーからは、音楽が流れていた。
拍子を取るドラムに、無意識に歩調を合わせていた。その上で、管楽器の音が響く。ジャズだろうか。オシャレなバーとか、カフェで流れそうな音楽だな。
グルグルと似たような音階が巡る。螺旋階段を上ったり下りたりするような、緩やかな音程。
何か、どっかで聞いたことある気がするけど。
俺はそう思いながら、その通りを過ぎた。
智昭さん――トモちゃんは、姉ちゃんと俺の幼なじみ。
姉ちゃんとトモちゃんは俺より一つ年上。でも幼稚園までは、三人でよく遊んだ。トモちゃん家に親御さんがいなくて、家に預けられてたからだ。
やがて、小学校に上がった俺は、自分の友達と遊ぶことが増えた。でもやっぱり、トモちゃんは特別だった。
友達というか、もう、家族みたいな関係。
ただ一時期、滅多に家に来なくなった。小学校六年生と中学校三年生の時。受験のために、塾に通っていたからだ。
でも、大学受験は自分で勉強すると言って、高校三年間、トモちゃんは殆ど俺たちの家にいた。自分の勉強もあるのに、俺や姉ちゃんの勉強を見てくれた。
特に、同じ受験生なのにやる気と成績にムラがある姉ちゃんの相手は大変だったと思う。
『小林秀雄の言いたいこと!? 「純一」の気持ち!? わかるかバーーカ!』としょっちゅう切れて教科書を投げた。誰だよ純一。
そういう時は、何時だってトモちゃんが宥めて、買ってきたお菓子と、淹れたてのお茶を出してくれたっけ。
眠気覚ましに、姉ちゃんにはブラックのコーヒー。俺には、ミルクいっぱいのカフェオレ。たまにココアが入ったカフェモカも出してくれて、猫の形をしたマシュマロなんかも入れてくれた。
ティータイムは結構本格的で、家の中でカフェしているみたいだった。
そんないつも通りの二人の雰囲気が、少しずつ変わっていたのも、この頃だった。
多分付き合っていた。本人たちは明確に言葉にしなかったけど、何となく、距離が近いというか。二人の仕草や言葉からは、そういう匂いがしたのだ。
でも大学四年生ぐらいに、姉ちゃんたちは別れた。
『最近家に来ないね』と何となく言うと、姉ちゃんは『別れたから来づらいだろうね』とあっさり言った。
あっさり過ぎて、風呂上がりに食べてたアイスを落とした。
『え……ななんで?』
『まー、……方向性の問題?』
弟の戸惑いも何のその、姉ちゃんはゴクゴクと牛乳を飲んでいた。
当事者でもないのにショックで寝込んだ俺だったが、ベッドの中でモンモンと悩んだあと踏ん切りをつけた。
あー、なんで俺が失恋したみたいになったんだろ。当の本人は今日もキムチ納豆食べてるのに。
これは当人同士の問題で、俺が文句を言う権利はない。
でももう会えないかも、と思うと、やっぱり涙が出た。
暫くして、トモちゃんと会った。トモちゃんは普通に話してたし、姉ちゃんも普通だった。会うまで緊張していた俺は、全部変わっちゃうのかと思ってたから、なんだか拍子抜けした。
それから姉ちゃんは地元の大学院に入り、トモちゃんは遠方で働き出した。交流関係は途絶えず、たまにトモちゃんが帰ってきて、三人で会った。
でも、トモちゃんが家に来ることは無くなった。
トモちゃんは就職先で恋人が出来たらしい。
そりゃ、元カノの家に遊びに来れないよな。当たり前だ。
でも、やっぱり寂しくはあった。
姉ちゃんは、やっぱり普通だった。
トモちゃんの結婚式までは。
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