第4話 日記の内容

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第4話 日記の内容

  ▪  今日、弟に指摘されて気づいた。どうやら私は、トモちゃんの記憶が抜けているらしい。  何だか最近ボンヤリする。もしかすると病気かもしれない。でも病院に行っても、特に異常はなかった。  これからどんどん忘れるかもしれないから、日記をとる。  掃除してたら、ノートの存在を思い出した。やっぱり、トモちゃんのことを忘れている。  引き出しの奥に前の手帳が残っていた。どうやら私はトモちゃんと付き合っていたようだ。  でも現在の状況を考えて、私はフラれたんだろう。 「トモちゃん」の名前を聞いて、このノートを思い出した。  掃除したらまた見つかるかもしれないと思って探す。日記の類はない。代わりに、「トモちゃん」の写真を見つけた。女の人も映っている。多分結婚式だ。  思い出せないのに、何だか胸が傷んだ。  私は、「トモちゃん」だけを忘れているみたいだ。  ネットで検索したら、「解離性健忘」かもしれない、と思った。特定の人物だけを忘れる、「系統的健忘」っぽい。 「解離性健忘」は、強いストレスで起きることがあるらしい。よっぽど酷くフラれたんだろうか。  トモちゃんの奥さん、芙由美さんから電話が掛かってきた。  そうしたら、急に鮮明に、全部思い出した。  そうだった。私がフッたんだ。  トモちゃんの親は本当に酷かった。トモちゃんに対して無関心なくせに、トモちゃんのやること全部否定して傷つけた。でもいちばん許せなかったのは、トモちゃんの口座を握っていたこと。トモちゃんが自分たちから逃げないように印鑑を奪って、アルバイトのお金を搾取していた。  だからトモちゃんは、ここじゃない、遠くの場所に逃げるしか無かった。あのろくでなしから遠ざかるには、物理的に離れるしかない。  新しく口座を作ると家に郵便が届く。そうしたら、親にバレて、また握られてしまう。銀行の人に相談して、住所は引っ越すまで家にしていた。  でもそれ以前に、トモちゃんは、私の気持ちをずっと疑っていたと思う。  かわいそうなトモちゃん、不幸なトモちゃん、面倒を見てあげないといけないトモちゃん。  そういう同情心がなかった、とは言えない。  でも、好きだったんだよ。好きだから、これ以上苦しませたくないんだよ。  ねえトモちゃん。  どんな事があっても、私のはトモちゃんの味方だよ。  そう無条件に肯定するのは、家族だから。  恋人に、それは出来ない。  少なくとも私たちの間では、両立できなかったね。  トモちゃんの家族は、あんなろくでなしの存在じゃない。私たちだよ。だから、絶対的な味方でありたいんだ。  だから、恋人は捨てた。  きっとトモちゃんは、この広い世界で、色んな人に会う。恋人も出来る。失敗することも、傷つくこともあるだろう。  だからそういう時は、私たちを思う存分頼って欲しい。この家に帰ってきて欲しい。いや、私たちだけじゃなくていいんだ。安心できる場所、逃げる場所、帰る場所を、沢山持って欲しい。  これが『家族』としての私の正直な気持ち。  でもね、『恋』もあったんだよ。  トモちゃんが結婚して、悲しかった。寂しかった。トモちゃんが芙由美さんを愛していることが、すごく伝わった。もう本当に、私の恋は終わったと思った。  ……でも、もし、トモちゃんが芙由美さんからの愛を、信用していなかったら。 『病気になった、かわいそうなトモちゃん』として見ている、って思っているなら。  恋しくて愛おしくて、それが叶わなくて、あまりにもショックで忘れたことの事実を、この日記を渡すことで伝えられるなら。  身体や記憶を壊すほどの痛みで、私の初恋を示せるなら。  キミは最後に、「愛されている自分」を知ることが出来るだろうか。  ▪ 「……智昭さんは、夏樹さんに謝りたいって言っていました」  それから、うれしかった、と。 「ちゃんと喧嘩したことがなかった。夏樹さんに言われるまでわかってなかったことが悔しくて、でもようやく、伝えられるぐらいには対等だと思われたって」  智昭さんにとって、夏樹さんは尊敬できる大人だったそうです。  芙由美さんの言葉に、俺は、「んなことないです」と首を振るしかない。  大人だって? ガキだったよ。変化する環境が怖くて、成長したくないって駄々をこねてた。  それを壊したトモちゃんが、俺たちから家族を奪った芙由美さんが、憎くて、悲しくて。  でも姉ちゃんは、それすら飲み込んで、渡したんだね。  芙由美さんは、それを受け取ったんだ。だから俺に、この日記を渡した。 「すいません、俺は」 「ごめんなさい」  俺の言葉に、芙由美さんが被せる。 「実は明子(はるこ)さん、既に呼んであるんです。今日は無理でしたが、明日の葬式にはいらっしゃると」  勝手にして申し訳ございません、と芙由美は笑った。それは泣き疲れても、生きた人間の笑顔だった。  大切な人が死んでも、残された人は笑うのだ。
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