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リルク=マーオ。私の前世でいう、間違った和洋折衷な雰囲気の国出身で、現在は武者修行中の身だという。
人で言う14〜15の女の子。彼女の種族、エルフの価値観で言っても一人旅をするにはまだまだ若く、自前で路銀を賄えるだけでも称賛に値する年頃と世界観らしい。
実際には、隣町の騎士団に指南をせがまれ、長期の逗留となっていた。
その際に近隣の観光地で、幻影とは言えドラゴンの出没が、それも二体も報告されたものだから。
故に騎士団に付き添い、ここミジィナの地に宿を取っている。それが、今で。私がしでかしたことの影響力に、自分でも冷や汗ダラダラだとかは別の話で。
とにかく。才気あふれる新進気鋭の旅人だと、訪れた各地で有名になっている、らしい。
そして。
そんなリルクを圧倒する、この私。
「──く……っ」
横薙ぎに剣閃を放つ直前、手の甲の前に短剣の刃を添えられた姿勢で。頬から汗を飛ばしながら、リルクはくぐもった声をこぼした。
そして、自分で言うのも何だけれどハルトモードが強すぎる件について。幽刃の幽は幽霊の幽だと言わんばかりにフラッと迫るのが、絵面の割に効果的すぎて笑えない。
「……その腕。よほど剣の道に励まれた事なのでしょう」
そしてリルクの方は、木刀を収めながら、まるで頭でも下げそうな足取りで一歩退く。まだまともに剣で打ち合ってもいないのに、素直というか。
「……けれど、その剣をこんな事に使うのは、良くない事だと思います」
本当、実直というか。いや、ね、私もそう思っているけれど、他に方法が思いつかなくて。後ろめたさに従って、私はリルクに背を向ける。
しばらく、ずっとこんな感じだった。
正式に、どちらからか師匠だ弟子だを言ったわけではなくて、まだフラグも立っていないような状況。放っておくと元の疎遠に戻るから、こうして無理やり、縁を繋いでいる。
初回、騎士たちの目を盗んで一閃。以後も、なるべく人目につかないタイミングを狙って、辻斬りみたいな出稽古を続けている。ほら、一応は、ハルトの名誉を気にして。
とにかく。
全く話が進んでいない。
「……今更ですが。あの、初めに現れた方の幻影のドラゴンを退治したのは、貴方なのではないですか?」
という訳でもないみたいで。私は思わず、足を止める。
「お陰で近隣の住人にもほとんど被害が出ずに済みました。騎士団の方に代わってお礼申し上げます。本当にありがとうございました……っ!」
例えば振り返って見てみれば、リルクが頭を下げている姿。何も言っていないのに、どころかまともに剣を振るって見せたこともないのに、まるで確定事項のように。いや、実際そうだし、状況証拠からして、そうなのかもしれないけれど。
ともかく。初めは、こうじゃなかった。事を荒立てるなら憲兵に突き出すのだと物騒……じゃなくてまともなことも言っていたのに。
私が、必要以上の害意をもっていないこと。そして、やり方はともかく、稽古をつけたいとの一心。少なからず、それらが伝わっているのだろう、多分。
だから、私から「弟子にならないか」って声をかけて終わる話なら、なんにも悩まずに済んだのにな。
そう思いながら、私は試しに、背負った方の剣を手に取る。
長剣。ただし、鞘に入ったまま。
剣を振らせずに制するような稽古も、もう何度目だったか。そして、私の恥ずかしい思い違いじゃなかったら、信頼感みたいなものも、築けてきている。多分。きっと。
だから、せめてそろそろ次のステップに進みたいのだけれど。
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