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「……急に、どうしたのです?」
そしてリルクが不思議そうにちょっと首を傾げる。そりゃ、この子から見たら、雰囲気の怪しい男の人が急に鞘ごと剣を掲げたわけだ、何この人、怖……ってなるのも仕方ないことだろう。
けれど、私は何も言わない。
何も言えない。言いたいことは色々あるけれど、どう言えばいいか、分からなかった。
だってまだハルト師匠の有難きお言葉、「ほう……」と「幻影……竜か」しか聞けてない。この人どんな口調で話すか分からないから、余計なことが言えないという不具合。
だから、伝われ、伝われと鞘の切っ先を向ける。ちなみに剣を抜き身にしないのは、流石に危なすぎること、その一点。エディット任せのオート剣術だと、半端な抑え方も分からずにいた。
そして、何より。
「……もしかして、打ち合って下さると?」
とにかく、こうして察してくれたとしよう。嬉しくて思わず剣を正眼に構え直す。さぁ、こいと目で促すとしよう。
さて。
ルシェロを初め、天の皆さまが大騒ぎするほどの難攻フラグですが。
「……さすがに、それは私には勿体ないです!」
まさかの謙虚、それだけ。何度ルシェロをせっついても、聞けるヒントはそれだけ。変わらない。
でも、でも! 遠慮で世界が滅ぶなんて、そんな残念なこと、ある?
有り得そうで困っているから、これみよがしに剣を構え直す。いいから打ってきて。オーラで必死にアピールする。
「その、もしかして……剣を交えたいご気分、とかですか?」
そして惜しい、けど悪くない感じに察してくれる。なんだか手のかかる師匠でゴメンね。だけど、その通り。また剣を構える。昔のゲームの主人公みたいな物悲しさを体感しつつ。
「えっと……それなら騎士団の方を呼んできましょうか?」
そして、遠慮と気遣いに時が凍る。
私、ハルトの超必殺技まだ幻影竜斬りしか知らないようなニワカだけど、人が多いとこ嫌いそうなことくらいは分かる。違ったらあんな人里離れた場所に居る意義を説教してやりたいくらいに。
とにかく、違うと必死に首を横に振る。ハルトは多分もちろん、私だって人の多い所は好きじゃない。それに、リルクが余計に遠慮するようになる気しかしないから。
そして、流石に今の気持ちは伝わったのだろう。
「そうですか。残念です」
だなんて淡々とした言葉を、ほんの少しだけ、苦笑いのように。
ともすれば嬉しげにすら見える、そんな笑み。
例えば、私が誰彼構わず斬りに掛かるような人じゃなくてよかった。そんなことでも言いたげな。何か、ちょっと違うかも知れないけれど、そんな感じの意味深な笑みだった。
そんなことを思ううちに、その子はまた頭を下げて、路地裏を引き返していく。
気のせいじゃなきゃ、彼女がここに来た意味が見えない。
それこそ、人目につかない場所でしか現れない私を探しに来た、って思ったほうがしっくりくるくらいに。
……もしかして、思ってるよりこの子からの好感度高い? なのに何で遠慮してくるの??
解せない。
解せない。独り取り残され、師匠の語彙的に独り言すら付けないまま。私はしばらく、行き場のない剣を構えたままだった。
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