3人が本棚に入れています
本棚に追加
幽刃のエーアハルト
かといって師匠も師匠で問題なんだよね。
ため息を付きそうになって、必死で抑えてドアをノックする。いつもの、自家製コテージみたいな隠れ家の前にて、今の私はリルクモード。
たのもー、たのもーと木刀の柄で。あんまり同じ手でドアを叩き続けたら手の甲が痛くなるとは、噂では聞いていたけれど、まさか自分が実感することになるとは。
じゃなくて。日に日に出てきにくくなる、今。それでもこうして、無理やり顔を出してもらっては剣を一振り、あしらわれた後に頭をノックされて終わり。正直、進展だけならこっちのほうが深刻なんじゃないかと思っている。
「たのもー! たのもーです!」
そして、今日は普段にも増して頑なだ。ガンガン、ガンガン、頭痛みたいな響きを立てるドア。あんまりやりすぎると、ドアが先にだめになっちゃいそうだとか、
……いっそダメにしちゃおうか、とか。社畜あるある、単純作業が闇の悦に入りかけた頃。
『すまない。ちょっといいかな』
不意に、耳元でルシェロの声がする。あまりの唐突さにドアを思いっきり叩き込んでしまいそうになる。ギリギリ止まった。ハルトで学んだ寸止め修行のおかげだ。
「(ダメだよ、外に聞こえちゃうよ……?)」
じゃなくて。急に何? こんな妙な会話とか聞かれていたら怪しまれるよ? そんな意図を、小声に込めて。
『……ええと、ごめん。ぼんやりしていたんだけど』
すると、ルシェロから不安になるくらいフワッとした言葉が、変わらずの声量で。これ以上騒がしくするのも嫌だから、言葉には出さないけれど。気をつけてよ、だなんて思う。
過労って、怖いんだから。いつ見ても何か入力っぽい仕事に追われている気がするし。
『すまない、伝えるのが遅れたみたいだ。彼は、エーアハルトは今、そこにはいない』
かと思えば、終わっていなかったらしき話が、意外な方へと続いてしまった。
「えっ……あの人引きこもってたんじゃなかったの!?」
思わず声が上ずる。大事なのはここじゃないかもしれないけれど、それにしたって意外だったから。
そして、なぜだろう。ルシェロが歯切れの悪い、間延びした相槌を挟むから、黙って続きを待ってみる。
そんな、互いに黙った一瞬の間に。
切り株だらけの平原の奥、森との境の辺りから、木々の揺れる音がする。
風、とはまた違うけれど、葉の擦れる音。なぜだろう、こんな平地なのに、地すべりを思い浮かべるような。
『キミが訪れるようになってから、また、外に出るようになっていたんだ』
そして、向こうの異音が聞こえないのか、ルシェロがようやく話を続ける。伝え忘れていたと重ねるように言って、そして。
『今はちょうど、まっすぐ奥へ行った辺りの森にいる』
ルシェロが示した方向も、その妙な音がした辺りだった。
最初のコメントを投稿しよう!