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エーアハルト=オルグヴァーグ。
違う国で道行く人に話を聞くだけでも全てが分かるリルクと違い、ここミジィナ内に限ってすら名も顔も知らない人がほとんどの、謎の人。
少なくとも町中で噂を聞いて回っても、ろくな情報を掴めないという。いつ、どこから移り住んだかなどの略歴はもちろん、ただの年齢ですら知れないだろう、と。
ルールに則った、ごく少数の例外以外に、知り得ないことを無闇に暴かない。基本的には天界のポリシーなのだという。
その『例外』に従っての強権で、知り得ない情報を検索しようかとルシェロに勧められたけれど、私はそれを断っておいた。
私の勝手かもしれないけれど、調べて分からないことまでを知るのは、プライバシー的に、リテラシー的に好ましくないと思ったこと。
次いで、今から調べるくらいには、天界の皆さまが今まで彼を重視していなかった。その結果に従いたい、だなんて捻くれた思いと。
何より、きっと彼は、安易に知られなくない過去を秘めている。そんな気がするから。
だから、私のワガママだとは分かっているけれど。分からない。今はまだ、それでいい。
真っ直ぐ森に分け入ってすぐ、視界の先が不自然に明るい場所へ出た。
見上げると、枝葉が、薄い。そして納得する。
これは、木が倒れている。
そのまま進んで程なく。今さっきまでいたような、切り株だらけの広場へと出た。
その、向こうの奥に。
長剣を片手に、倒れた木を横目に見下ろす、細くも背の高い男の人。ハルトが、佇んでいた。
「えっと……ここにいたんですね。探しましたよ!」
そして、中から引きずり出すいつもの流れと違うから、居心地が悪くて適当なことを言う。だけど、適当でも喋れるって楽だね。思ったことが簡単に伝えられるもん。
こんな、失礼な思いを見透かしたみたいに、ハルトが横目を私の方へ向ける。
「……相も変わらず、まぁ、よく飽きないものだ」
……。
…………。
待望の新セリフきましたわー!
申し訳ないけれど、本当に申し訳ないけれど、飛び跳ねてしまいたい気持ちを抑えて、内心ガッツポーズでバンザイだった。新しい語録。これで十年は戦える……!
そして、思ったより気さく……というか、うまく言えないけれど、その黒ばっかりの見た目とか、なんだかルシェロと気が合いそうなタイプの寡黙な予感。いや、たった一言なのに新発見がいっぱいだと、やっぱりちょっと舞い上がっていた。
「今は忙しい。帰れ」
二言目で冷水を浴びせられた。
あれだよ、もっと一言一言大切にしていこうよ。あなたの言葉、それだけで価値があるんだよ小出しにしないと。
あと、急に饒舌になるとビックリするからリルクの前ではちょっとずつ慣らしていこう。だなんて思いました。
「何、してるんですか?」
とにかく、ここで帰るだなんてもったいない。いっぱい話せるのは残念だけれどチャンスだから、聞きながら歩み寄ってみる。
「……木を、斬っている」
そして、あぁ、前言撤回です。もっと喋ってください分かりやすいように。
こんな内心が表に出ないように、興味ありますと言わんばかりにハルトの隣に立って、彼が元々見下ろしていた辺りを眺めてみる。
大木が横たわっていて、その切り口は研磨したみたいに滑らかで。何のために斬ったのかは今も分からないけれど、この人は本当に凄腕の剣士なんだってことは、素人目にもよく分かる。
そうやって関心、し続ける間もなく。
ハルトが、私から離れるように森の奥へと歩いた。
「えっ……ちょっと待っ──」
あまりの無言具合に思わず駆け寄る。そんな私の鼻先に。
剣を持たない方。ハルトの左手が。
人から見れば、後手で制された。恐らく、それだけ。
駆け出す私の足が、縫い付けられたように動かなくなった。何の間合いを遮られたのか、私自身も分からないのに。
一瞬だけ、とはいえ息の仕方も忘れそうになったほどの、静止した私の眼前にて。ハルトは別の木の前で立ち止まった。
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