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ブラック天使と久々の余暇
ルシェロがこっちの世界に遣わされたのは、本当に休暇が目的とのことだった、らしい。
教会のお掃除は、あくまで気分転換に。リルクの件が終わるまでというのは、無理をさせないためだという。
無言の圧力が労基にバレた時の部下への責任転嫁なお言葉とかじゃないよね? 一抹の不安を抱きつつ。
同じ教会跡に要注意人物の私を居候させていたりだとか、私の思いつきで結局また重要任務についていたりもするけれど。
今日は、休め。とのことらしい。
「改めてキミにはお詫びを申し上げたい。この世界で、何か不便に思わせていることなどはないだろうか」
そんな休日なのに朝から空気がどんよりです。折角の休日に、どうしたので? そう、隣を歩くリルクに目で問いかける。
「なにせ、注文だらけの異世界転生だ……ご存知の通り人手が足りていない。天界が現世に与えることが許される影響力も制限が多く……キミには不便をかけていることと思う」
こんな私の心なんて気づく素振りもなく、さも当然とばかりに知らない話が知っている風に続く。いや、大体は察していた通りだけれど。
そして、リルクの件に始まり、『私のほうこそ』、みたいなことを言わせたいわけでは、ないのだと信じて。
「んー、本当に、特にないよ。だって」
どう伝えようか迷って辺りを見回す。
この世界の中でも休日なのだという、そんな日の朝。私たちは今、買い出しと、少し、互いの気分転換を兼ねて、町の大通りに出ている。
石畳の広い道。ずっと先、広場には噴水があって、休日ならではの出店がいっぱい並んでいるのが遠目にも見える。
いかにもなファンタジー感溢れる服装の人々が、あっちへこっちへ忙しなく。大道芸なんかをやっている人もいて、それとは別の方から子どもたちのはしゃぐ声まで、騒がしい。
初めて見るのに、初めから知っているかのような。
「この世界、ある意味しっくり来たから。自分で思ってたより戸惑うこともなかったよ」
だから、こんな平和な光景の中に、件の幻影竜を召喚なされた村人A(仮名)が混じっていましたよ、だなんて火種は見なかったことにする。
不思議と、違和感なんて出番がないくらいに。魅力的で、何より馴染んだ世界観。まるで、いつかの憧れみたいな。
「そう言ってもらえて嬉しい……と言いたいところだけれど。むしろ、その逆さ」
だなんて思っていたら、ルシェロが少し意味の分かりにくい話を続けた。
「そもそも、異世界転生自体は全ての生に付与された、当たり前の特典さ。君たちの世界では、輪廻転生と言う概念に近い、と言えばいいだろうか」
「えっ? えっ……と」
「どう伝えればいいだろう。少し違うのは、原則、同じ世界への転生は認められていない。そして、この通り。違う世界への転生は予定調和なんだ。故に、『前世がこの世界に似ている』んだよ」
前言撤回、少しとかじゃなくて全く分からない。
……とりあえず、前世の流行りはこの世界の前フリで、記憶を持ったままの私だから馴染みやすかった。そんなことを言いたかったのだろうと納得する。次の世界のシミュレーションか何か、ってことのはず。多分。
とにかく。話の中身もだけれど、なぜ突然、今になってこんな事を言い出したのか。
そう、今になって。私は話の中身なんて理解できていないけれど、なんとなく、この話ってもっと初めにしておくものじゃないのだとかを思っている。
「……ねぇ、ルシェロ」
つまり、もしかして。もしかして、だけれど。
「ルシェロって、もしかして説明とか苦手?」
薄々、今までずっと思っていたことを口にしてみる。私の置かれた状況が波乱万丈なことの何割かは、ただの説明の不備なんじゃありませんこと? そんな思いを、視線に込めて。
するとルシェロが、思っていた何倍も悲しげな表情を見せた。
「そうだね……多忙な日々を重ねるうちに、なんだか物事を順序立てるのが苦手になったように思う」
そして、その、気まずいことになった。
何が気まずいって、私もその気持がよく分かる。
だなんて気持ちは多分筒抜けだろうこと。
ルシェロの悲しげな笑みが、それだけに留まらない予感を醸し出していること。
「あとは、こういう伝え方をした方が深みを帯びて聞こえるかな……だなんて思って、ね」
そしてそして……私は何を思えば良いのだろう。一つ確かなことは、物っ凄く気まずいことを聞いてしまったのだと理解するも、きっと手遅れなこと。
説明口調の理由が何かと黒かった。漆黒だよ……。気のせいじゃなきゃルシェロの髪も黒いメッシュ増えてるよ。何それ疲労かテンションのバロメータ的な何か? 返す言葉も浮かばない。
「……それとだね」
そしてそしてそして。終わっただなんて思っていた私が甘かったみたい。え、何、話し下手の理由にそんなに秘密とかいっぱいあるものなの? もう思考を放棄して続きを待つ。
「この世界にとって、キミが初めての転生者だから、ボク達もまだ何かと手探りなんだ」
秘密とかいっぱいあったらしい。いや、それ本当に初めに言っておくべきじゃないかとか、この話題の話し始めに言っておくべきじゃないかとか、説明ベタな理由の一番目じゃないかとか。何から思えばいいのかも分からない。
どちらからともなくこぼれる苦笑いは、きっと薄暗い感じになっていた、と思う。
逃げるように適当に見渡せば目に映る、まるで来た覚えすらあるほど馴染んだ、異世界の朝市。なんだか知っているよりドンヨリと暗い気がするのは、気のせい、というやつなのだろう。隣から目を逸らす。
そんな視界の先に。見知った顔があった。
見慣れたフォルムの人族の他に、背の低いドワーフ族や、頭頂部に獣耳の生えた獣人族。そんな人並みに混じって、頭ひとつ抜けた長身。
エルフの少女、リルク。私の背丈で向き合うことが珍しいから、あまり印象に残らなかったけれど、彼女もまた雑踏にいて目立つ背の高さをしていた。
そんなリルクが、路地を脇道に逸れた。
「せっかくだし、親交深めてくる!」
ルシェロに告げて、私は駆け出す。
気のせいじゃなきゃ、このままだとあの子、目当ての人に出会せず、寂しい思いをする。
それが可哀想って思っただけで、決して暗い空気から逃げたいわけではなくて。本当に。言い訳じゃないよ!
「せっかくの休暇なのにキミはワーカーホリックか何かなのかい!?」
グサッ。ルシェロの言葉の刃が背中に突き刺さりつつ。
穏やかに生きていないと潰れる気は自分でもしているけれど、折角の機会だもん。振り返らないで、彼女が消えた路地へと。
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