空棲の魔女(スカイ・ウィッチ)の里(その3)

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空棲の魔女(スカイ・ウィッチ)の里(その3)

 魔女のホウキは滑るように空を飛ぶ。 「すごい、飛んでる……!」 「座り心地も快適じゃのぅ!」  見た目は普通のホウキなのに、座ってみるとあら不思議。まるで『快適なソファ』に腰掛けているみたいな柔らかい乗り心地。股間が痛くなることもない。  地面から二十メートルほどの高さを飛んでいるのであまり怖くはない。体感的に自転車よりも速い速度で飛んでいる。  僕らを乗せたマリリーヌさんの魔法のホウキは草原地帯の上を快調に、滑るように飛んでゆく。 「眺めが良くて気持ちがいいね。あ、あれ見て」 「キャラバン隊の車列じゃの」  草原の間を通る道の上を、馬車の車列がのんびりと進んでいる。手を振ってみたけど誰も気づいた様子はない。 「……僕らが見えてない?」 「そのようじゃの」 「不可視化魔法で地上からは見えないようになっているのよ」 「なるほど、ステルス……」 「見えぬはずじゃ」  マリリーヌさんが教えてくれたとおり、こうして飛んでいる魔女を見つけることはできないだろう。 「空の旅もいいものでしょ? でも時々ゆれるから気をつけてね」  マリリーヌさんがの長い髪が風でなびくと良い香りがする。 「は、はい!」 「何をデレデレしておるのじゃ」 「べ、べつに」 「ワシをしっかり支えておれ」 「もう、なんなのさ」  キュンが絡んでくるけれど、心配したほど揺れないし、そもそも風圧も感じない。自転車でのんびり走っているみたいな気持ちの良さ。実に快適な空の旅だ。 「わっ!?」 「のわっ!?」  不意に、突風に煽られたようにホウキが上下に揺れた感覚があった。  急にぐわん、と斜めになって慌ててキュンとホウキを強く支える。マリリーヌさんは慣れた様子で姿勢を立て直す。 「ゆ、揺れた……」 「空中回廊が所々で破れてるのよ。例の、先日の『星降る夜』の影響でね。魔法の結界が綻んでる箇所があって……。修理は魔女組合がやっているけど、破談箇所が多くて追いつかないのよ」 「ワシもそれで酷い目にあったからのぅ」 「キュンも……落ちてきたものね」 「まぁの」  流れ星の夜のことを思い出す。僕にとっては異世界スタートの記憶。 「大きな異変だったんですか?」 「そりゃもう! 千年に一度……ううん、歴史上はじめてってくらいの大異変! 大きな青い『水の月』が砕けて壊れて……消えちゃったんだから。そりゃもう、この世の終わりだ! ってあちこちで大騒ぎ。……って、ミヨ君は知らないの?」  マリリーヌさんが僕を振り返りながら不思議そうな顔をした。 「え……? 青い月……」  もしかしてそれが「地球」のこと? 「すまぬのぅ、ミヨはそのショックで記憶喪失なのじゃ」  「まぁ!? そうなの……ごめんなさいね」 「い、いえ別に……それより青い月のこと、教えてください」 「うん……。この世界にいはいくつかお月さまがあるでしょう? 赤い月、青い月、白い月……。そのなかのひとつが青い水の月、アースガルドと呼んでいた月。伝承では『人が済む別の世界』なんていわれていたけれど。今回の大異変でそれが割れて……粉々に。そして星が降り注いだわ」  マリリーヌさんは飛びながら話を聞かせてくれた。  月が消えた。  それが僕が住んでいた世界なのだろうか……。  またホウキが揺れた。今度は高度がと下がって思わず悲鳴をあげる。 「にょわ!?」 「キュン!」 「っとと……! 危ない、ミヨくん、キュンちゃん大丈夫?」 「い……今のはすこし焦りました」 「安全ミヨベルトのお陰でなんとかの」  キュンが心配なので大きなぬいぐるみみたいに抱き抱える。 「ふぅ……。焦ったわ。わたしたち魔女が何世代にもわたって魔法で空に……見えないチューブ状の結界つまり『回廊』を作っているの。雨風も、暑さ寒さも平気。安全に空の旅ができるのだけど……あちこちこんな感じなの」 「さっきの町での肩車、ヒッチハイクは幸運じゃった」 「そうなの?」 「本来、魔女の『空中回廊』は見えぬがの。あの時、たまたま空を見上げた時、破れた回廊から魔女が飛んでいくのが見えたのじゃ。あとはワシの妖精としての念話パワーで」  なるほど、キュンにそんな力があったなんて。 「じゃ、今までも気つ付かないだけで頭の上を魔女が飛んでいたの?」 「かものしれぬのぅ」  魔女は本当にいて、ホウキで空を飛び回っている。でも姿は見えない。空中回廊という特殊なチューブ状の結界の内側を飛ぶ。  でも時々見える。  まるでら「UFO」だ。  消えたり見えたりするのも同じような理由かな?  キュンはそして僕にだけ聞こえる声で、 「……良い魔女ばかりとは限らんがの」 「え…・」  やがて大きな川の上を通り過ぎた。  両岸に村があり、その間を渡し船が行き交っている。広い川面に浮かんでいる船から比較しても、川幅はとてつもなく広い。 「大陸を南北につらぬくベコン川じゃ」 「すごいね、大きな川」 「ここから上流の方へ飛ぶわ。東からすこし逸れるけど」 「かまいません!」 「よいぞな」  マリリーヌさんのホウキは川に沿って北上しはじめた。途中でいくつもの小さな村や町が見えた。水が豊かで水田らしきものもある。  やがて深い森の上へと差し掛かる。羊竜の村を出てからまだ二時間ほどしか飛んでいないのに。  ヒッチハイクや徒歩、馬車ならいったい何日かかっただろう。とにかく空の旅はすごく速くて快適だ。 「あそこよ。降りるからしっかりつかまってて」 「何も見えないけど……わっ!?」 「空中回廊を出たのじゃ……!」  マリリーヌさんが高度を下げた途端、ぶわっと風圧を感じる。  揺れて怖いのも僅かな時間だった。森の木々と同じ高さまで来ると、今度は目の前に壁のように、空中に半透明の魔法円が浮かび上がった。 「空中に魔法円!」  かっこいい……! 「魔法の結界じゃ。里を隠しておるのじゃ」 「さすが、キュンちゃんは物知りね。さすがは『羽なし妖精』は生き字引ね」 「ワシなどヒヨッコじゃ」  ホウキはゆっくりと地面へと近づいて、着地。地面に足がついた。 「なんだかフラフラする……」 「ワシもじゃ……」 「あはは、ホウキ酔いね。慣れないとみんなそうよ」  と、ここは深い森のなか。  目の前には驚くほど大きな巨木が。その極太の幹の上に小さな家が乗っていた。  樹上の小屋ツリーハウスだ。 「わぁ……! すごい」  太い幹一本につき、ツリーハウスが一軒乗っている。  他にも魔女さんたちが空と飛んでいた。地面の上で火を焚いて釜で何かを煮ていた魔女たち、周囲にいた小さな子供達が僕らに気がついた。  あれ?  でも男の人がみあたらない。  働きに出ているのかな? 「ここがあたしたちの隠れ里。ようこそ、魔女の里メルトスフィアへ」  マリリーヌさんは微笑んで、僕らを里へと招き入れてくれた。 <つづく>
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