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空棲の魔女(スカイ・ウィッチ)の里(その4)
魔女の里は巨木の森だった。
樹上のツリーハウスが住み処らしい。茅葺屋根の可愛いお家は、まるで小鳥の巣のよう。見回すと同じような家々が木々の梢に何軒も見える。
「階段と縄ばしごで出入りするんだ」
「ホウキで飛ぶのは遠くへ買い出しにいくときだけよ」
樹上の家には、幹に打ち付けられた階段を使うらしい。木の階段が、ぐるりと幹を螺旋状に取り巻いている。手すりはあるけれど、ちょっと怖そう。
マリリーヌさんの案内で里の中を歩く。
小鳥たちがさえずり、木漏れ日も優しく気温も心地よい。
荒野に砂漠、そして草原と進んできたからか楽園に思える。キュンは僕の手を握ったまま、珍しくだまって歩いている。
「この里には何人ぐらいの魔女が住んでいるの?」
「全部で三十人ほどかしら。あ、あたしの家はそこね」
と、空からホウキに股がった赤毛の魔女が舞い降りてきた。髪の毛はフワフワした巻き毛で、魔法使いのマントを肩からラフに羽織り、パンの入った紙包みを抱えていた。
「おひさ、ルイハール」
「ちょっとマリリーヌ、その子たち何処で拾ったの!?」
僕らを見るなり、赤毛の魔女さんは切れ長の瞳を輝かせた。
「こ、こんにちは」
「こんにちはじゃ」
「あら可愛い、……今夜はごちそうね」
意味ありげに目を細める。
今夜はごちそう……。
なんとなく不穏な響き。
嫌な予感がする。僕らが食材としてお料理される、的な流れじゃないよね?
「あの……」
するとマリリーヌさんは赤毛の魔女さんに
対して余裕の表情で、
「ルイハール、旅人を拾ったあたしの幸運を妬まないの」
「ごめん冗談だよ。取って食べやしないから、ゆっくり休んでいってね旅人さんたち」
「は、はい」
「旅人を乗せると幸運が舞い込む。これはもともとあたしたち魔女の間に伝わる言葉なの」
そういえば旅を始めたころ、同じようなことをいわれたっけ。
見ず知らずの僕らに親切にしてくれるなんて、嬉しいけど申し訳ない気持ちもする。
「情けは人のためならず、じゃ」
キュンも訳知り顔でしれっとしている。
「マリリーヌはラッキーだね、私も旅人を拾いたいなぁ」
赤毛の魔女さんはウィンクしながら去っていった。
「あら!? マリリーヌ、ずいぶんと可愛い使い魔と契約したのね。生きている間は大事にしないとね」
次に話しかけてきた魔女は、お母さんみたいな年齢のひとだった。首に木の実を無数にぶら下げている。
「使い魔……」
「契約……」
ていうか、生きてる間って。思わずマリリーヌさんに視線を向ける。
「……ハリフルル、ミヨくんたちがが怖がるからやめて」
キッとマリリーヌさんが睨むと相手は怯んだみたいだった。
「じょ冗談よ。……羨ましい。キイッ」
ため息を吐きながらマリリーヌさんは「気にしないで」と言った。魔女さんにもいろんな人がいるのだろう。挨拶代わりみたいなものかもしれないけれど、言われた方は困惑する。
そうだ、契約といえば……。
「そうだ、マリリーヌさん。この手首の印っていうか刻印みたいなのって」
「それは私と契約した証よ。でないとこの里に入れないもの」
「使い魔の契約?」
「あはは、違うわ。キミたちがここを去ると決めたら消すから気にしないで」
「そうなんですか」
洗濯物が梢で揺れ、煙の立ち上っている家もあった。どこからともなく美味しそうな匂いもするし、魔女たちが生活を営んでいることがわかる。
何人かの魔女とすれ違った。子供たちが「わーい」と言いながら、翼の生えたトカゲのような生き物と一緒に走り抜けてゆく。
「ねぇキュン、ここ男の人がいなくない?」
「気がついたかの。ここは『女の里』じゃ」
「どゆこと?」
キュンは僕の手をひっぱり顔を近づけてきた。
「そのへんで気に入った良い男を捕まえて、里に連れてくるんじゃ」
「え、えぇ!?」
「夢のような一時を過ごして……気がつくと、どこぞの荒野にポイ。放り出してしまうのじゃ。記憶をすべて消してのぅ」
キュンが意地悪くニヤリ。
「UFOにさらわれた人みたい」
「ユーフォーとはなんぞ?」
えと、なんだっけ?
そういえば、僕も記憶が無いんだけど……。
「そうじゃったかのぅ?」
記憶がなくて行きなり荒野にいたわけで。
「それって、マジ?」
「……ミヨはいざとなったら女子のふりをすれば大丈夫じゃろ」
「もうっ」
「あはは、キミたちは仲良しだね。あ、これがあたしの家。どうぞあがって」
言われるまま螺旋階段を上り、手すりで囲まれたテラスまで上る。ギシギシと足元の木の板が鳴っている。眺めがいいし風通しも良い。とても快適そう。
「さぁどうぞ。入ってはいって」
「おじゃまします」
「おぉ良い住まいじゃのぉ」
中は清潔で明るかった。入り口のすぐ横に小さなキッチンと水場。5メートル四方ほどの小さな部屋の中央にはミニテーブルと向かい合った二つの椅子が見える。
壁際には持ち運びのできるポータプル型の暖炉。窓のほか、壁一面には薬草や木の実など、魔法や薬の材料になりそうな物がいろいろとぶら下がっている。向い側には簡易的な壁で仕切られた寝室らしい部屋が見えた。
ふわりと、甘いお香のようないい匂いがする。
「そのへんに荷物を下ろして、ゆっくりしてよ」
「お言葉に甘えまして」
ようやく背中のリュックを床におろして重さから解放される。勧められるまま椅子に座っていると、マリリーヌさんが魔法の炎でお湯を沸かし、ハーブティーを淹れ僕とキュンにごちそうしてくれた。
香りのいい紅色のお茶を頂いて、僕らは「美味しい!」「温かいお茶じゃのー」と感激する。
「それでね。ミヨくん」
「な、なんでしょう……」
ごくり。
「ひとつ見てほしいものがあるの」
そういえばマリリーヌさんは最初、手伝ってほしいみたいな事を言っていた。
「僕にできることなら」
ドキドキ。
「あのね、これが何か教えてほしいの。空中回廊を破壊した落下物よ」
「えっ?」
「不思議な旅人さん、ミヨくんならこれが何か分かるかと思って」
マリリーヌさんが棚から何かを持ってきた。ゴトリとテーブルの上に置かれたモノに僕は目を見張った。
「なんじゃこれは?」
キュンが首をかしげ眉根を寄せた。
でも僕はそれが何かすぐわかった。
四角い薄い板のようなもの。
表面は鈍く光る金属、犬のキャラクターのシール、左右に小さなボタン。
「ノートパソコンだ」
「なにそれ、ミヨくん知っているの?」
「パソコンとな? ……知らぬのぅ」
「僕の世界で普通に使われていた道具で……」
そこまで言いかけてハタと気づく。
「これ、僕の物だ」
「えぇ!?」
ぼんやりとした曖昧な記憶が次第にハッキリしてくる。犬のシールに見覚えがある。
傷を隠すために貼ったもの。
机の上にあったパソコンは、中学入学のお祝いにと買ってもらったものだった。
多少汚れてはいるけれど、メーカーのロゴも色も、間違いない。
僕は手を伸ばしカバーを押し開けた。
ディスプレイも綺麗なまま。恐る恐る手を伸ばし、スイッチに触れる。
「のぅミヨよ」
「な、なにキュン?」
神妙な顔つきでキュンはノートパソコンを見つめている。
「おぬしの世界とやらは、本当に星がぶつかって砕け、壊れたのかの?」
「……え?」
「ミヨが死んで他の世界に転生した、そういう理屈ならまだわかるがのぅ。背負っている道具や、この……パソコンとやらもそのまま出てくるとは、いささか……解せぬ」
息をのむ。
そうだ。
なにか、おかしい。
世界は道の隕石の衝突で破滅して滅んだ……。もしそうならこんな道具が、しかも僕の物が、都合良く見つかるのだろうか。
<つづく>
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