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聖邪のコインの盤面で
「みんな……」
涙で画面が滲む。
パソコンの画面をスクロールして次々とメールの宛名を目に焼き付ける。SNSもメールも開けないけれど、十分だった。
懐かしい名前に懐かしさを感じる。
友たち、クラスメイトの顔や名前を思い出してゆく。
みんなは無事だろうか。
もしかして僕のように、どこか別の場所で、生きているかもしれない。
でも、確かめる方法もない。
逢いたい……。
涙が溢れてとまらない。
気がつくとキュンが小さな手を、僕の背中に添えていた。
「泣くでないミヨよ、今日はここで休ませてもらうとしよう」
「うん……」
「まるで子供じゃのぅ……よしよし」
「な、撫でるなよ……うぅ」
ぐすっ、と鼻をすすると、マリリーヌさんが柔らかい紙を手渡してくれた。
「……ワシは、ミヨについて最初から妙だと思っておったことがあるぞい」
「ぐすん……。キュンだって最初から妙でしょ」
「たわけ、そうではないわい。よいか、空の星が砕け、ミヨの暮らしていた世界がバラバラになったのなら、それこそミヨのような輩がそこらじゅうに降り注いでもおかしくなかろう? なぜ、ミヨだけが落ちてきたのじゃ? なぜミヨの持ち物がここにあるのじゃ?」
はっと息を飲む。
確かにキュンの言うとおりだ。
今、どうして僕だけがここにいるのだろう。
なぜ、僕だけが……。
まわりには大勢の人間がいたはずなのに。
「ミヨくんとキュンちゃんの話を聞いていて思ったんだけど」
「なんぞい?」
「キミは『聖邪のコイン』の最初の一手なのかもしれないね」
マリリーヌさんが僕を真っすぐにみつけ、言った。
「え……?」
なんだろう『聖邪のコイン』って。
「思い浮かんだの、魔女が遊ぶ盤上のゲームのこと」
「ふむ、確か『聖邪のコイン』とは白黒の石を並べ、陣を取り合うものじゃったか?」
流石のキュン、博識だなぁ。
もしかしてオセロや「碁」みたいな?
「聖者が白い石で邪王が黒い石。盤上に互いに置き合って、挟んだ間の石の色を置き換えてゆく。そんなルール」
「それなら僕も知ってるかも」
やっぱりオセロか囲碁みたいな感じだ。
「ミヨ君は『星降る夜』に砕けた別の世界から来た。そして……これは仮説なのだけど」
「……?」
「なんじゃ?」
「次々と『世界の欠片(カケラ)』に触れることで、ミヨ君は記憶を取り戻せるとうか……黒から白に置き換えるみたいに、何かを取り戻していけるんじゃないかしら?」
マリリーヌさんが語った言葉が、頭の中でパズルのようにはまる。
「え……あ!」
「大胆な仮説じゃが、あるやもしれぬの」
キュンは親指を噛み真剣な眼差しでノートパソコンに視線を向けた。
「魔女の勘ってやつだけど、出会って、こうして話を聞いているうちに思ったの」
「何をですか?」
「この世界は、ミヨ君を受け入れたんだって」
「僕を……」
受け入れた。
この世界が?
何を言って……。
でも、そうか。
不思議と腑に落ちた気がする。
地球が滅んだ。
砕けた。
宇宙に放り出されたんじゃなく、不思議なこの世界へと飛ばされて、おまけに天から落ちて死ななかった。
すぐにキュンと出会えた。
これだけでも奇跡というか、ワケがわからない。
夢を見ているみたいな話だ。
でも、背負っていたリュックもこのノートパソコンも夢じゃない。
現実の、実物、リアルなものだ。
「東へ旅をしているのよね?」
「うん」
「ここからミヨ君だけが知る『白い石』を見つけてみて。そうすればきっといろいろな事を思い出して……もしかして」
マリリーヌさんはそこで言葉を飲み込んだ。
「……もしかして?」
「ううん。それはミヨ君がその目で確かめて」
マリリーヌさんは真剣な眼差しで僕を見た。
仮説と前置きした話だけれど、核心を言い当てているのかもしれない。
そんな気がした。
「ふむ、この『パソコン』とやらは黒く塗られた盤面……ミヨの記憶をひっくり返す最初の一手というわけかの」
「最初の一手はきっと僕の荷物、リュックだよ」
避難するときに詰め込んだ水や携帯食料、日用品とかスマホ、それに絵を描くためのスケッチブック……。
これがあったおかげで自分が誰だったか忘れなかった。
何をしていたか、思い出せた。
「万に一つ、億に一つの奇蹟でこの世界にミヨ君だけが来たのだとしたら、君の友達も、何処か……違う世界にいるかもしれないね。そう考えたら希望が湧いてこない?」
マリリーヌさんが微笑んだ。
「そうか、こことはまた違う……別の世界!」
考えもしなかった。
一筋の光が見えた気がした。
それだけじゃない。
お母さんやお父さん、世界中のみんなが……もしかして、それぞれ、どこかで生きているかもしれないじゃないか!
僕なんかを受け入れる「世界」があるのなら、もしかして。
「おぅ、いつものキラキラした瞳のミヨに戻ったぞな」
「そんな瞳してる、僕が?」
「してるぞい」
「えぇ……?」
そうかな?
と、そこでキュンと僕のお腹がぐぅと鳴いた。
「お腹空いたでしょ? ごはんにしましょ」
「えっ、いいんですか」
「ごちそうになるかのぅ!」
「えぇ、魔女の晩餐につきあって」
気がつくと西の空を残照が赤々と染めていた。
「食べて休んで、元気になったらまた旅を続けるとしようかの」
キュンが可愛らしい笑顔を向ける。
「そうだね、これからもよろしく、キュン」
世界の欠片を見つけにいこう。
また何かを思い出すに違いない。
そう。
これは僕の記憶を取り戻す旅。
ううん。
もしかすると「世界」そのものを取り戻す旅……なのかもしれない。
……なんてね。
<つづく>
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