暗黒騎士と魔神の書(その1)

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暗黒騎士と魔神の書(その1)

 ◇ 「マリリーヌさん、色々お世話になりました」 「こちらこそ、面白い話を沢山聞かせてもらって楽しかったわ」 「メシまで食わせてもらって、おまけに土産までもらってしまうとは、すまぬのう」  いつも図々しいキュンも流石に感謝の意を示す。 「お土産のパンもありがとうございます」 「これで食費が節約できるの」 「こら、キュン」 「ほんとことじゃろうに」 「あはは、キミたちは仲良しだね」  魔女装束に身を包んだマリリーヌさんが笑う。  キュンが肩から下げたカバンには、大きなパンがいくつも詰め込まれている。魔女のマリリーヌさんから頂いた嬉しいおみやげ。保存が利くようにと固めに焼いたパンは香ばしい小麦の香りがする。    楽しい夜を過ごした僕らは、日の出とともに身支度を整え旅立つことに。  マリリーヌさんは別の町に用事があり、空を飛ぶついでに森の入り口まで魔法のホウキで運んでくれるという。 「魔女の暮らす森は迷いの森よ。抜け出せなくて骨になって翌年見つかるひともいるから遠慮しないで」  さらりと恐ろしいことを言う。流石は魔女の森。うっかり僕らだけで出発していたらきっとえらいことになっていた。 「しません、浅慮しません」 「お願いじゃから森の外まで」  もう断る理由なんて無いわけで。僕らはご厚意に甘えることにした。 「じゃぁ出発するね」  マリリーヌさんのホウキで空へと舞い上がる。  そうそう、僕のノートパソコンはマリリーヌさんにあげることにした。一宿一飯の恩、宿代になるかはわからないけれど。 「動かなくて申し訳ないですけど」 「異世界からの遺物だもの、このむらの秘宝にするわ」  夜にはバッテリーも切れ、再び動くことはなかった。思い出の品ではあるけれど、記憶が戻った以上、持っていても意味はない。  マリリーヌさんは本来の持ち主に返すと言ってくれたけれど、電源の入らないノートパソコンなんて旅の邪魔にしかならない。  思い出は胸の中にあればいい。  お世話になったお礼を兼ねて、あげることにした。 「ありがとう、さうよなら!」 「またいつか、じゃの」 「ミヨくんキュンちゃんの旅路に、幸あらんことを」  マリリーヌさんは僕らを地上に下ろすと、そんな祝福をくれた。魔女さんは空に舞いあがりながら、キラキラと光の尾を逝いてどこ変え飛んでいってしまった。 「旅の安全祈願の魔法じゃな」 「幸運パラメータが上昇したかもね」  気がつくと手首の印は消えていた。  僕らは森の外れから、ふたたび東を目指すことにした。 「ところでキュン、最終目的地……最果ての塔ってどれくらい遠いの?」 「うーむ、ワシら妖精族の単位でいうところの、三千里ぐらい先かの」  里ってなんだろ?  聞き慣れない単位だけど、どれほど遠いのかな。キュンいわく「徒歩で進めるのは一日あたり30里ぐらい」だとか。 「てことは、100日間歩かなきゃつかないの!?」 「まぁ、そうじゃのぅ」  遠い。 「果てしないんだねぇ」  まぁ、いいけど。  僕は歩きながら空をみあげた。  青い空のなかを小さな竜みたいな生き物が飛んでゆく。 「ヌシの得意な『ヒッチハイク』で馬車なりに乗せてもらうしかなかろうて」 「だね。貰ったパンも、2日ぐらいで無くなりそうだし」 「食い扶持(ぶち)を探さんといかんのぅ」 「僕のリュックを見ながら言わないでくれる? もう売るものなんてないよ」 「ケチ臭いことを言うでない。さっきの『ノートパソコン』とやらをもらっておけばよかったのじゃ」 「え?」 「大きな街で商人を適当に言いくるめて売りつければ軽く金貨20枚ぐらいにはなったじゃろうに、惜しいのう」 「ちょっ!? そうなの!?」 「そうじゃ」  金貨20枚なんて大金だ。  すごく惜しいことをしたかも……。 「御者付きの馬車を雇えたかもしれぬのぅ」 「マリリーヌさんの家にいるときに教えてよ、もう!」 「進呈すると言ったのはミヨじゃ」  シシシと意地悪に笑うキュン。 「……ま、しかたないか」 「諦めが良いのぅ、ほれワシが慰めてしんぜよ」  とか言いながら、僕の身体によじのぼる。キュンはいつもの定位置、肩車の体勢に収まった。  ずしりとした重み、熱いくらいの体温を感じる。両肩からキュンの足が伸びてぷらぷらしている。 「うぅ……重い」 「たわけ! 妖精幼女が重いはずなかろう」  ぺちこん、と頭を叩かれた。 「もー!」 「ご褒美じゃ」  そんなこんなで人気のない草原の道をとぼとぼ歩く。  次の人里はいったいどこだろう。  果てしない草原と灌木、小さな森と川が流れている。 「もしかして……これって修行?」 「気がついたかの?」 「僕、旅が終わるころには超マッスルボディになってるかも……」 「じゃと良いのぅ」  やがて里山のような場所にさしかかった。きれいに下草の刈られた山道と、むこうに畑が見える。 「人里が近いかも」 「そうじゃな」  小休止をしながら来た道を見返すと、山脈の手前に黒々とした深い森が横たわっていた。魔女の里はあの森の中にあった。魔法のホウキでなければきっと辿り着けなかっただろう秘密の場所を僕らは通ってきたのだ。 「ん?」 「なにか、地面にいるの」  すこし進むと道の端に黒いなにかが倒れていた。  獣? 魔物? 「わ、人だ!」  慎重に近づいてみると、黒い鎧を着た人だった。腰に物騒な剣をぶら下げている。 「死んでおるのか?」 「あの……大丈夫ですか?」  と、こえをかけるや、いきなりガッ! と足首を掴まれた。 「わぁああ!?」 「にょわぁあ!?」  僕らは驚いて悲鳴をあげる。 「うぅ……ぉお……」  黒い鎧の人は何か呻きながら、僕の足首をつかんで離さない。 「手を放さぬか、たわけ者!」  キュンが叫ぶや僕の肩から飛び降りて、黒い鎧の上へダイブ。 「ギャッ!?」  ボゴッと鈍い音がして黒い鎧の人は動かなくなった。 「キュン……ありがと」 「妖精の肉弾攻撃命中じゃ!」  にょほほと笑いながらの勝利宣言。  一撃で鎧の人を黙らせるほど、やっぱりキュンは重いらしい。 <つづく>
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