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暗黒騎士と魔人の書(その2)
キョンの肉弾攻撃で「黒い鎧の男」は動かなくなった。
「大丈夫かな?」
「さぁ、今のうちに身ぐるみを剥いで金目のものを頂くのじゃ!」
「ダ、ダメだよそんなの!」
「……ったく、ミヨはお人好しすぎるぞい。こやつは『死んだふり盗賊』じゃ。倒れたふりをして下着を奪う変態じゃ」
乱れた桃色の髪を耳にかきあげて、キュンがため息を吐く。
「そうかなぁ?」
なにか助けを求めていたきもするけど。
別に倒れてまで誰かの下着なんてほしがるかな?
「前から思っておったが、どれほど平和ボケした世界で育てば、ミヨのように能天気でのほほんとした性格に育つんじゃ?」
「うーん、それほどでも」
「誉めとらんわい!」
びし、と軽くツッ込まれた。
確かに、いわれてみれば。
僕いた「日本」はどんな国だったのだろう? 半分ぐらいしか思い出せないけど。良くも悪くも平和だったのかも。テレビの向こうではいつも戦争だ事故だとやっていたけど、僕はあまり興味がなかった。
『う、うーん……ハッ!?』
黒い鎧の男が目を覚ましたらしい。
いつでも逃げられるよう距離を保ち、キュンは僕の背中によじ登る。
「あの、大丈夫ですか?」
今度は油断なく距離をとり、声をかけてみる。
『痛てて……。水を飲もうとして川で……拙者はどうなったでござる?』
ござる口調で自分を拙者と呼んだ男は、上半身を起こすと、辛(つら)そうな様子で頭のヘルメットを脱ぎ去った。地面に落ちた鎧の一部が、ガランと音をたてて僕の足元に転がってきた。
「わぁ?」
黒い鎧の男は「半獣人」という感じの顔だった。
ピンと立った二つの耳が頭の上、ややウェーブした茶色い髪の間から突き出るように生えている。
「犬族……じゃな」
顔は精悍で格好いい。
日焼けみたいな肌の色、それに二割ぐらいワンコ成分が混ざっている感じ。瞳の色はグリーン。どこかでみたことがある顔つき……。
「あ、シベリアンハスキーっぽい」
「なんじゃそれは?」
「えっと、犬の種類」
転がってきた鎧のヘルメットを拾い、手渡す。
「かたじけないでござる。行き倒れてしまった……らしく。武人として恥ずかしいところを見られてしまったでござる。ぬしら、旅の御方でござるか?」
そこで彼のお腹の虫がぐぅと鳴いた。腹をかかえて困惑している様子。どうやらかなりの空腹らしい。
「キュン」
「あぁもう、わかっておるぞな。魔女からもらったパンをくれてやるのじゃな?」
「僕の分をこの人に。ひとつあげていいかな?」
「お人好しのミヨの思うようにするが良いぞな」
キュンは呆れ顔だけど、僕はやっぱりこのひとを見過ごせない。
肩掛けのカバンからパンをひとつ取り出す。本当は貴重な食料だけど目の前に腹ペコで倒れている人がいるんだから。
「よかったら食べませんか?」
「なっ!? ななっ、そんな……そういうわけには、いかぬでござる」
といいつつ視線はパンに釘付け。今にもよだれを垂らしそう。
「お腹、すいてるんでしょ?」
「うぅ……武人として……施しを……」
「遠慮せずに」
「かっ、かたじけないでござる……!」
ハスキー顔の武人はパンを受け取るとガツガツと平らげてしまった。よほどお腹が空いていたのだろう。
「……ふぅ。かたじけない! 深く感謝するでござる。拙者の名はフェルト。北の山脈で暮らす狼犬族の戦士でござる」
食べ終えて落ち着くと、河原に正座して僕たちに一礼。
「狼犬……ろうけん?」
「狼なのか犬なのかどっちじゃい」
フェルトと名乗った黒い鎧のお兄さんは、狼犬族? ハスキー犬っぽいのはそのせいか。
「我ら狼犬族は、狼に似た犬族か、犬のような狼族か、絶えず議論され続けておりまず故、あまり深いりしないで頂きたい」
「そ、そうなんだ……」
がしゃっと重そうな鎧の音をひびかせながら立ち上がる。
背が高い、銀色のふさふさの尻尾がある。腰に下げている剣は鞘に収められているけれどすごい迫力。
「……拙者はとある目的のために村を旅立ち、山脈を越え、何日もかけて森を抜けて……ようやくここまでようやくたどり着いたでござるが……。途中、怪しげな森で迷ったあげく兵糧もつき、川に流されてここまできたでござす」
みれば鎧は傷だらけ、銀色であろう毛並みも汚れ。疲労困憊という感じ。
「ん……? 怪しげな森って」
「魔女の森じゃろうのぅ」
もし徒歩で迷い混んでいたら僕らもこうなっていたのかな。危なかった。
「魔女……ですと? やはり悪名高き魔女どもの『昏(くら)き森』でござったか、迷い込めば生きては帰れぬと……うぬぬ」
「まぁ無事で何よりじゃ」
「フェルトさん苦労したんだね。僕はミヨ。こっちはキュン。二人で旅をしています」
「な、なんと!? 旅人でござるか! あの森を抜けて旅など……ただ者ではござらぬな」
僕はここまでの旅について、簡単に説明した。
「お二人は『プロの旅人』でござったか、なるほど。どうりで、こんな辺鄙な場所を女子(おなご)ふたり歩いているわけでござる」
「いや、僕は男」
「くんくん、これは失敬!」
「嗅ぐほうが失敬じゃない?」
「にょほほ」
ところで。
フェルトさんは故郷を旅立ち、危険な目にあってまでどこへ行こうとしていたのだろう。
「実は拙者は『星降る夜』をきっかけに、ある使命を帯びて旅に出たでござる」
「『星降る夜』って」
「あの夜のことじゃろうのぅ」
「お二人もご存じかと思うでござるが、蒼き月が砕け、無数の星が雨のように降り注いだ夜、我が里にも星がいくつか降ってきたでござる」
「えっ、星が」
「星の破片が降り注ぐや、普段はおとなしい森の魔獣どもが暴れだし、村は大変でござった。村の戦士たちがなんとか食い止めたのでござるが……」
「そんな事があったとはのぅ」
「長老は、いったでござる『星降る夜』は世界が変わる天の知らせ、東へゆけと」
「東へ……!? 僕らと同じだ」
「これは、まさかじゃのぅ」
「なんと!?」
僕らは顔を見合わせた。
まるで運命の引き合わせ。
東を目指し旅をしているなんて。
「これは運命でござろうか。一族に伝わる『魔神の書』には過去と未来の予言が書かれ、星降る夜のこともかれているのでござる。拙者は一族の代表として、この曇りなき眼(まなこ)で世界の変革を確かめねばならぬのでござる」
キリリとした眼差しではるか東を見つめるフェルトさん。
「その『魔神の書』とやらはどんな書物なのじゃ?」
「一族に伝わる秘伝『魔神の書』は長老から託されているでござる。拙者には読めぬのでござるが……」
「読めない予言の書?」
なんだか変なの。
「見せてはくれぬか?」
「命の恩人のお二人なれば見せても構うまい、……これでござる」
フェルトさんはゴソゴソと鎧の内側から革で包んだ書物を取り出した。包みを開けると一冊の書が。
「えっ?」
変色した大学ノートだった。
「妙な本じゃのぅ、ミヨのすけっちぶっくとやらに似ておるが」
「そうだよキュン、これって……」
「読めぬ文字で書かれた書物でござる。しかし長老が、口伝(くちづて)で内容を教えてくれたでござる。星の降る夜、世界の終焉(しゅうえん)を司る魔と、あらたなる天地開闢(てんちかいびゃく)をする神の、すなわち魔神の壮大なる神話と」
キュンもフェルトさんも読めない。
でも僕には『魔神の書』と書かれた表紙が読めた。
そして僕は目が釘付けになった。
下手くそな字のタイトルの下にもう一言、手書きで小さく書かれている文字、
『最強伝説、設定集』に。
「これ……僕が小学生のころ書いた」
「なぬ?」
記憶の彼方でカチリ、とパズルのピースがはまる音がした。
<つづく>
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