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暗黒騎士と魔人の書(その3)
暗黒騎士フェルトさんの一族に伝わる秘伝の書、それはどう見ても古い大学ノートだった。
表紙には漢字で『魔神の書』と書かれている。
それも……見覚えのある字で。
「では、これを」
僕はフェルトさんから大学ノートを恭しく受け取った。
茶色く変色してはいるけれど、やっぱり僕が小学6年生の時に使っていたノート。
開いてみると最初のページにはこんなことが書かれていた。
世界の終わりと新たなる世界の誕生、
天地開闢、てんちかいびゃくの神話である。
『魔神戦記(設定集1)』
「うっ」
設定集、なんか恥ずかしい……。
「どうしたのでござる?」
「ミヨよ、顔が赤いのじゃ」
「だ、大丈夫だよ、うん」
ページをめくる。次のページにはおおまかな世界観や登場人物に関する事が書かれていた。
ダーク・ウルティメイト・ナイト
セントヴァーナード王国の神聖騎士が堕天使と契約し、暗黒騎士化した姿。リミットブレイカーによるダークソウル・パニッシャーの一撃は強烈で、イージスナイツによる神聖防御結界さえも簡単に破壊(以下略)
僕の考えたさいきょうの騎士
手描きのイラストまである。
うわ! 恥ずかしい。
旧世界、オールド・アース
新世界、アースガルド
魔界より巨大魔石の襲来。地表に衝突し旧世界は崩壊、崩壊の危機に瀕した旧世界、オールド・アース。しかし人類滅亡の危機に瀕した魔法王国シャンバラリアの大魔導士たちの命がけの大魔法により、砕けた大地を別次元へ転移することに成功。
生き残った人類は、人造の太陽と月を浮かべ、平坦な大地の連なる擬似的な七つの浮遊大陸を新たなる大地とした。
新世界、平面世界アールガルドを支えているのは天まで届く『螺旋の塔』である。空と太陽が落ちてこないように支える柱であり、世界を作った七賢者によりたどり着くことはできない。
故に『螺旋の塔』にたどり着いた者の願いを叶える。
富も名誉も、時間を巻き戻すこともできる。
「……あれ?」
僕は息を飲んだ。
まるで……この世界だ。
キュンと目指す『最果ての塔』に似ている。
「さっきからどうしたのじゃ?」
「うん、ちょっと……びっくりして」
厨二病全開のマンガか小説の設定集。
しかも「1」だから続きもあった? どうも記憶が無い。
文字は鉛筆で書かれていて、お世辞にも上手いとは言えない。これが長老様でも読めないという『魔神の書』の正体。でも……書いたのは僕?
「何かわかったでござるか?」
「じらすでない、なんと書いてあるのじゃ?」
フェルトさんもキュンも興味津々の様子だ。
「えぇと滅んだ旧世界と、新しい世界のことが書かれている……的な」
「凄いでござる! ミヨ殿はこの文字が読めるでござるか!?」
「なんとなく読めちゃうっていうか」
「確かに、いつもヒッチハイクで書いておる魔法文字に似ておるのぅ」
「ん? 魔法文字」
「誰でも読める不思議な文字じゃ。古き魔法の一種じゃろ」
「そうなんだ!?」
初めて知った。
もしかして、これが異世界転移のボーナスというか、チート能力?
今さらだけど。
それより。今は設定集ノートのほうが重要だ。
「内容を説明するのじゃ」
「うん、この書物(ノート)はね……」
僕は簡単に内容を説明した。
隕石の衝突、そして破壊された世界をつなぎ合わせて、大魔導師達が平坦な大地を創った。新しい世界で紡がれる七つの王国の物語。
新世界にも隕石のカケラがあって、そこから魔物が出現。
戦う王子と姫の冒険。共に戦う騎士そして魔法使いたちが、隕石から生まれる魔物と戦いを繰り広げ、冒険してゆく。
魔族の正体は、旧世界を破壊した隕石に取り憑いていた異星の生命体……という設定も。
物語の結末は書かれていない。
続きを書く前に、飽きてしまったのか。
「何やら理解を超えた神話にござるな」
「荒唐無稽じゃが、大地砕けた部分は、青き月が砕けたときと似ておるのぅ」
「流石キュン、僕もそう思った」
僕目線では地球の最後と同じだ。
「ふむ? 不思議じゃのぅ。何かの因果が絡みあっておるやもしれぬ」
「因果……わからないけど、そうなのかな」
でも、まてよ。
僕の持ち物だったノートが『星降る夜』に落ちてきた?
それだと時間が変で、つじつまがあわない。
だって『魔人の書』はフェルトさんの故郷に昔から伝わっていたもの。百年かもっと昔からあったはず。
なんだか違和感がある。
旧世界の終わりと新世界の創造。
そもそもこの設定集、小学生の時に書いたにしては、しっかりしている。
文字も僕のだと思うけど、難しい漢字が使われている。今の僕なら書けるくらいの書き方かも。
まるで……。
この世界を知ってから書いた?
過去に書かれた予言じゃなくて、未来に書かれたノート?
「うーん」
考えたらわからなくなってきた。
さすが『魔神の書』だ。
でも――。
ノートに書かれている冒頭は、地球を襲った悲劇を予言した?
逆に起きてしまった事件をそれっぽくノートに書いた?
だったら「設定集」なんて書かないはず。
ノートパソコンの時と違って、この『魔神の書』を読んでも記憶は何も戻らない。
つまりこれは僕だけど「違う誰か」別の人が書いたもの?
「ミヨよ、今は考えてわからぬことは、わからぬぞい」
「そうだね」
キュンのいうとおりだ。
「ミヨ殿のおかげで、秘伝の書の秘密がわかったでござる! 拙者、長い旅をしてきた甲斐があったでござる……」
フェルトさんが「やりとげた」表情で遠くを見る。
「ぬし、故郷の里を出たのは何日前じゃ?」
「『星降る夜』の後でござるから一週間ぐらいでござる」
「大した旅ではないのぅ」
「ガハハ、めんぼくござらぬ」
「あはは」
「このまま故郷に帰るのもバツが悪かろう」
世界の変革を確かめる。大手を振って故郷を旅立ったフェルトさんの旅は一週間後、僕らと出会った事で目的を達成しちゃったワケか。
「で、ござる……」
「なんか悪いことしちゃった?」
「いやいや、とんでもござらぬ! 拙者は『真実』を見極めねばならないでござる」
「もう見極めたんじゃ」
するとフェルトさんは真剣な眼差しで、
「長老が一族に伝わる、口承を唄ったでござる」
――旅の果て、
旅人と出会うであろう。
東の『最果ての塔』を目指す者と。
その者らは賢者の瞳と知恵を持つ。
世界のデオキシリボカクサン。
ディーエヌエー、記憶を紡く螺旋。
フェルトさんは滔々(とうとう)と唄った。
一族に伝わるという詩歌を。
「え?」
最後の方……なんて言った?
確か「DNA」とか聞こえた気がする。
確か遺伝子……染色体、螺旋みたいな。
聞き間違えかな。
「珍妙な伝承じゃのぅ」
「うん」
歌い終わるとフェルトさんは片膝をついて、頭を垂れた。
「お二人に感謝するでござる。助けて頂いた上に、書物の謎を紐解いてくださった御恩、一生忘れぬでござる」
「そんなおおげさな」
「何か御恩をお返ししたいでござる」
「ほぅ、そうじゃのぅ……」
キュンは小さな指であごをなぞりながら、瞳を細めた。
<つづく>
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