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牽制
家に着いた安村はふぅー、と息を吐く。
(美咲君は諦めてくれるかな?)
じっくり話したことはなかったが、なかなか敏い子だ。きっと安村の牽制に気付いているだろう。
帰り道に寄ったコンビニで買ったタバコとライターをポケットから取り出すとベランダに向かった。
だいぶ前に止めたのに。
口淋しくてつい買ってしまった。
口に咥え、火を付ける。
店を出たときに舐めた飴の甘さがタバコの匂いに搔き消される。
「っ。ゲホッゲホッ」
久しぶりに吸ったタバコにむせる。
昔吸っていた銘柄の中でタール数が一番低いものにしたのに。
初めて吸ったときのように咳き込んでいる自分に、乾いた笑いが安村から漏れた。
ただの親友の妹でしかなかった美咲なのに。
気持ちを抑制しないと「妹」として思えなくなる。
いくら好意を寄せられたとしても親友の妹、それも男性と付き合ったことのない8歳も下の女性に言い寄るなんて、大の大人がすることではない。
今なら止められる。
安村は芽生え始めた気持ちを昇華させるように煙をくゆらせた。
安村は忘れていた。
吸わない間に名称が変わっていたタバコのように、知らないうちに気持ちが変化することを。
※
「酒を飲んだら口淋しくなるから」
店を出た安村は照れたように笑うと、美咲の前でポケットから取り出した飴を口に放り込んだ。
「ほら、美咲君も」
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