462人が本棚に入れています
本棚に追加
再度滲みそうになった涙をグイッと拭うとカバンの中からポーチを取り出した。
念の為入れていたメイク落としで顔を拭き取ると、同じく鞄の中に入れていた歯ブラシを取り出した。
安村の優しさにつけこんで、期待して。
泊まることも予想していたかのように用意周到な自分に呆れる。
(最低だ、私)
自覚しているのに、同情でしかないのに。
それでも体を重ねたことは幸せでしかないのだ。
歯を磨き終えた美咲は、ポーチからメイク道具を取り出す。
少しだけ目が腫れているが、この程度なら手持ちの道具でうまく隠せそうだ。
ファンデーションを手で馴染ませると、素早くメイクを施していった。
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
「あぁ。何か食べるかい?」
安村は先程のことを気にした様子はなく、いつものようにニカッと笑う。
その笑顔にズキンと胸が痛む。もうそんな顔を向けられる価値はないのに。
美咲は振り切るように首を左右に振ると笑顔を作る。
「いえ。昼から予定があるのでもう失礼しますね」
「ん……あぁ」
美咲の答えに戸惑った顔を見せる安村に不安が募る。
ちゃんと笑顔を作れていないのではないか、と。
それでも美咲は無理やり口角を上げて、玄関まで見送りに来てくれた安村に向かい合う。
「あの……」
最初のコメントを投稿しよう!