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元カノの影
「美咲君、遠出しないか?」
安村からそう誘われたのは、秋口に入った頃だった。
「構いませんけど……どこにですか?」
「箱根だ」
「箱根……ですか」
遠出という距離ではない気がするが、という美咲の疑問はすぐに解決する。
「向こうで一泊しようと思う。ついでに言うと、僕の過去の旅行のリベンジを兼ねてなんだ。嫌な思いをされるかもしれないが、君と行きたいんだ。どうだろう?」
「わかりました」
嫌な思いとか、リベンジがなんのことかはわからないが、安村と過ごせるならどこでも嬉しい。
弾む気持ちを気取られたくなくて、ついそっけない返事をしてしまったけど、美咲の心はすでに旅行へと向いていた。
そんな美咲を気にすることなく、安村はいつものようにニカッと笑った。
「ありがとう。手配は任せてくれよ」
※
「昔、行ったんだ。当時の彼女と」
向かっている最中のロマンスカーで安村はそう話した。
事前に知らされていたら行っていただろうか。
美咲は自問するが、答えは出なかった。
唯一の救いは、その話をする時の安村の顔が曇っていたこと。
これで昔を懐かしんだり、楽しそうな雰囲気を醸し出されたりされていたらショックは大きかった。
もっとも、付き合っていない以上、安村を咎めることはできないのだが。
「そう……なんですね」
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