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兄がしょっちゅう口にしていた言葉を、自分も身をもって体験してみたい。
だから事前に安村が普段どのあたりで飲食するのか聞いた上で待ち合わせしたのだ。
ぜひとも普段使っているお店に行ってみたい。
「小料理屋がいいです。そんなお店に一人では中々入れないですから。……もっとも、チェーン店の居酒屋でしたら躊躇なく入れるんですけどね」
美咲も行きつけにしている全国展開をしているチェーン店の名を上げた。ボトルキープもしてもらっている、と伝えると、安村は吹き出した。
「前野から聞いていたが、美咲君は中々の酒豪のようだ」
美咲君。
昔のように呼んでくれる安村に、幼い頃の自分が出てくる。甘酸っぱい気持ちも一緒に。
「ならこっちだ。酒と味はピカ一だが、いかんせん独り身の男の行きつけだ。過度な期待はしないように」
店の方向を指差し、歩き出した安村に遅れないようについていく。
大きい背中。
それでも、美咲も背が伸びたから、見上げるしかなかった昔よりもずっと物理的な距離は近づいた。
手も伸ばせば届く距離にいる。
だけど、美咲は彼の視界に入っているのか。
黙ってしまった美咲に気づいた安村が歩調を合わせながら声を掛ける。
「どうした?」
「いえ。無理やり誘ったのにありがとうございます」
「約束したからな」
『彼女にはしてあげれないが。……そうだな、美咲君が大人になったら酒でも飲もう。約束だ』
まだ9歳の美咲と高校2年生だった安村の約束。
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