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#00. prologue
会社の入っているビルを出ると、夜のにおいと雨の残り香を感じた。風を切るように、目の前の道路から一台のリムジンが停まった。まるで待ち構えていたかのように。
ふわぁ……リムジンなんて生で見るの初めて!! きゃぁっ。
思わず近寄って見てみるとそこには、
「……ふぇ?」
「久しぶり。美風」後部座席から降りてきたのはまさかの、……元同期、だった。「元気してた?」
してましたけど。「どしたの急に」
きりがみね、こと、霧上は、あたしの元同期だ。入社して二ヶ月ほど、共に研修を受けて、切磋琢磨した仲間だ。
人づてに彼は辞めたと聞いてはいたが、まさか……。
こんなふうに再会するだなんて。
霧上は、見るからに質のよい、オーダーメイドの、均整のとれたからだにフィットしたスーツを着ていて、前髪なんかもタイトにアップしていて、昔とはずいぶん雰囲気が違う。口元のほくろがなければ彼だと分からなかったかもしれない。
理系の、いかにも、な、白ワイシャツにえんじ色のネクタイを合わせていたモブ系のきりがみねはどこに行った。
助手席からよ、と、ガードレールに片手をかけて颯爽と飛び越えた霧上は、あたしの前に跪くと、
「突然だけど。
おれと結婚して欲しい」――これは。
あなたとあたしの物語。
交わらなかったはずの線と線が絡まり、糸となって愛を奏でる――そんな物語の始まりにふさわしく、霧上は、百本の薔薇を用意してくれていた。彼は花束を抱えたままにっこりと笑い、
「きみと一緒になるために努力してきたんだ。十年もの間。
よかったら一緒に暮らそう? そんで、お互いのことを分かり合おう」
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