10話 嶺二:ペット

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10話 嶺二:ペット

嬉しそうな顔で見せてきたのは、茶色い縞模様の猫の写真だった。 「猫……」 「そ、かわいーだろ?」 キリヤはニコニコと画面を見せつけてくる。 「女じゃねぇのか」 「女は、とうぶんいいかなー。面倒くさいしー」 「何人かいただろ? ぜんぶ切ったのか?」 オーナーになってからのキリヤは、ホストの時よりも忙しそうだ。 「んー、ちょっと距離おいてる。だって、仕事が忙しくて合わなかったら、一人には浮気されちゃって。もう一人は、体調が悪いとかなんとかいって、会ってくんないし。こっちも浮気かな? ホステスの彼女は、別の男とオレを天秤にかけてるしさ。なーんか疲れちゃって」 「枯れてるのは、お前の方だな」 「ちがいますー。今は、このかわい子ちゃんにメロメロなんだよ~」 そう言ってアレコレしゃべりながら写真をめくっていく。 素人の撮影なので、ブレたりしてうまくもない写真だったが、連写してるようで、枚数は多い。 「猫って、癒されるよな~」 「さあな」 「レイ、ペット飼ったことねーの?」 「ない」 「えー、もったいね。ペット飼えって!」 「なんでだ」 「だって、ペットは女と違って、裏切らないよ? オレのことだけ愛してくれるしさ」 スマホを胸に抱いて、キリヤがうっとりと言う。 「も~ほんと可愛んだって。オレが世話しないと、死んじゃうし? オレが世界のすべてっていうかさ~」 「危ないぞ、お前」 「レイもペット飼ったら分かるって! 女との駆け引きも悪くないけどさ。ペットは愛情をかけた分だけ、手間かけた分だけ、懐いてくれるんだよ」 「そうか」 「いいから聞けって!」 適当に返事する嶺二に、キリヤは笑顔で愛猫について語りだした。 ペット自慢など興味ない嶺二は、黙って聞き流すが、キリヤはしつこくアピールする。 「レイには、ペットが必要だって!」 「なんでだ」 「レイもこの業界長いじゃん? 稼ぎはいいけど、女に甘い嘘ついて、仮面つけて生きてると、見失いがちになるだろ?」 「……」 「ペットはオレに噓をつかないし、オレも嘘つかなくてもいい。純粋無垢な温もりってやつ、味わえるよ?」 キリヤの言葉は、妙に心に引っかかった。 自分でも気づかないうちに蓋をしてきた本音が、キリヤの言葉をきっかけに、顔をのぞかせる。 仮面か……。 夜の街で生きるには、心を武装して、嫌なことも耐えて、悪意や敵意に刺されないように、気を抜くことができなかった。 この街で信用できる相手は、片手で足りるほどしかいない。 油断すれば、いつどこで足元をすくわれるか分からないのだ。 嶺二が恋人を作らないのも、そのためだった。 夜の街で生きる女は絶対に信じられないし、まともな職に就いてる女は、ホストに偏見を持っているので、近づいてこない。 それ以外は、嶺二を種馬のように見ている。 だから嶺二は、真っ当な恋愛を最初から諦めていたのだ。 今さら普通の幸せなんて、手に入るわけがない。 利用する為に近づくことはできても、本心をさらけ出せる相手など、いないのだから。 それこそ、キリヤの言うように、ペットくらいしか、嶺二を愛してくれないだろう。 「気になったら、いつでもブリーダー紹介するよ!」 「……気が向いたらな」 嶺二はキリヤから顔を逸らして、また新聞をめくる。 キリヤが嬉しそうにニヤニヤしていたが、それも無視した。
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