第一章・魔王と聖女

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10 流血 Side:真理 私は今、魔窟というところに来ている。いわゆるダンジョン的な奴だ。 そして隣にはいつものメイド服のリザがいる。 連日の魔力修行でやっと魔力が150を超えた。だから今度は他の能力値も上げるために魔物を倒しに行くという。その他の能力値が上がっていないのだから正直怖い。いざとなれば結界があるがそれでも怖い。 そして魔物が出てくる場所に行くのに護衛の一人もいないのがさらに不安でしかたない。 「大丈夫ですよマリ様。こう見えても私、そこそこ強いんです」 怯える私にリザがそう言って笑顔を見せてくれた。 「でも、私から離れないでいてくださいね?」 「わ、わかった」 私はその言葉に甘えてリザの腰に腕を回す。細い腰が温かく心地が良い。 「真理様、さすがに動きずらいです」 仕方なくリザの腰から腕を離してスカートの裾をつまむ。その様子を見たリザがフフと笑っていた。 「真理様には魔物を一切近づけさせない予定ですが、万が一の時には躊躇なく結界を使ってくださいね」 私はその言葉に黙ってうなずいた。 そしてリザが歩き出す。 魔窟の入口という場所に入りそのまま横の小さな小部屋に入ると、下から召喚された時と同じように地面に光の模様が浮きあがって来た。途端に恐怖で足がすくんでリザの腰にまた抱き着いた。 そして浮遊感を感じた後、その光が収まってゆく。 「真理様、もう大丈夫ですよ」 そういってリザが頭を撫でてくれたのでリザの腰から離れる。 リザに続いて小部屋を出ると先ほどとは違った場所に出たことがわかる。広い洞窟に移動したようだ。 「ここは?」 「ここは10階層と呼ばれるところですね。中級の冒険者が上級になるために籠るエリアとなります」 「えっ?」 私は思わず声が出た。それって上級者に近いレベルが必要ってことじゃないの? 「大丈夫ですよ。比較的狩りやすいオーガ、オークという人型の魔物がそれなりに沸きます」 「リザ……全然大丈夫じゃないよ?いきなりここはダメだよ。死んじゃう」 「大丈夫です。私にお任せを」 そう言ってリザが歩き出すので、私は慌ててその後を追いかける。そしてリザのスカートの裾をつまんだ。 「ひっ」 「大丈夫です」 開けた岩の通路の先には大きな鬼がいた。 多分あれがオーガという魔物なのだろう。それを見た私が小さく悲鳴を上げる。リザはさっきから大丈夫しか言わない。逆に不安しかないのだけど…… 「真理様、先ほど渡した指輪は付けておりますか?」 「う、うん、付けてるけど」 そう言って私は人差し指に収まったピンクの小さな宝石がついた指輪を見せた。さっきリザから貰ったものだ。 「同じ指輪を私もつけています。その指輪とペアになってますので私が魔物を倒しても半分は真理様の経験として蓄積されますので……びっくりしないでくださいね?」 「えっどう言う事?」 その言葉を言い切る前にオーガが私たちを目掛けて走って来ていた。 そこで私は体を硬直させて目をつぶってしまう。そしてズドンという音がしたかと思ったら『グガー』といったおそらくオーガのであろう叫び声が聞こえた。 私はその声でまた悲鳴を上げながら目を見開いた。目の前には左肩辺りが無くなって横たわっているオーガ。肩から心臓にかけて吹き飛ばされたように欠損している。 そして私は、リザの右手が血塗れになっているが見えさらに悲鳴を上げた。 「リザ!腕が!血が!『レベルアップしました』えっ……」 『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』『レベルアップしました』 頭の中に7度繰り返されるアナウンスに思考が止まる。 これがレベルアップしたってことなの?暫く思考を止めた後、やっとそれがレベルが上がったという事なんだと明確に認識することができた。 いやそれより今はリザだ。私は持っていたハンカチを取り出して震える手でリザの腕を押さえようとして……その手をリザにつかまれた。 「真理様、これはオーガの血です。私はケガ一つありませんよ?ハンカチは不要ですのでしまって下さいね」 「そ、そうなんだ……」 私はそっとハンカチをしまう。リザの血じゃないのなら良いのだ……良いんだよね?もう正解が分からなくなっている。 「それよりレベルは上がりましたよね?確認して頂けますか?」 「わかった」 そう言って私はステータスを開く。 ―――――― 真理 ジョブ:聖女 力25 硬15 速10 魔150 アクティブスキル 『結界』『回復』 ―――――― 「上がった!7回レベルアップって言ってたから……えーと、5ずつ上がる?」 「そうですね。そうなる方が多いようです」 「あ、それと回復ってスキルも覚えたみたい!」 そう言って早速回復を使ってみる。 リザの血塗れの右手に白い光が吸い込まれてゆく。 「真理様の回復魔法は……温かいですね」 そう言って微笑むリザは、とても可愛らしかった。 その後すぐに「さっ行きますよ」と言って歩き出したリザの後を追うと、前から大きな二足歩行するブタさんな魔物が2体こちらに向かってきていた。あれがオークなのだろう。 もう少しゲームとかやっておけば良かったかな?でもゲームと同じ名前とも限らないよね。オーガとオークは聞いた事あるし今のところ同じっぽいけどね。 そんな事を考えながらも内心ビクビクしながらリザの後ろに隠れるようにして身構えていた。 そして襲い掛かってくる2体のオークが……気づけば右のは左側のお腹付近が、左のは右肩から胸にかけてが吹き飛んだ。多分リザの拳による攻撃なのだろう。恐怖に負けじと目を凝らしていたのに良くは見えなかった…… 「リザ……ほんと強いんだね……」 そう言った私を、笑顔で見ている血濡れのリザを綺麗だなと眺める私。その脳内には五月蠅いぐらいのレベルアップ音が鳴り響いていた…… その日は結局3時間程度、リザにくっつき唯々魔物が破壊されてゆくのを見ながらレベルアップ音を聞いていた。最後の方は少し慣れてきたので後ろにくっつきながらもずっと回復を発動する修行をしていた。 回復を発動する感覚があの浄化を訓練する時のような感じなので、多分魔力の上りも良くなる気がして、やって損はないと思って続けていた。 「魔力の枯渇にはご注意を、疲れてきたらすぐに教えて下さいね。今日は終わりに致しますので……」 途中でその事に気付いたリザに心配されてしまった。 「もう顔にも少し返り血を浴びちゃってるリザの方が心配すぎて、すでに私の心は疲れているよ?」 「ふふ。じゃあ今日はもう終わりにしましょうね」 私の返答にニッコリと笑顔を見せたリザの宣言により本日は終了となった。 私は重い足を引きずりながらも城に戻り、部屋のベットでぐったりと寝そべっていた。リザは余裕があるようでシャワーを浴びると言って浴室へ入っていた。私はもう動きたくないぐらいなのに…… リザは一体何者なのだろう?まさかあそこまで圧倒的に強いとは思っても見なかった。上級者向けの狩場で本当に私が全く危ないと思わなかったぐらい守りながらも、次々と魔物たちを破壊していった。 もしかして王の手先で私を懐柔しようと送り込まれた……いや、やめよう。リザは私を守ってくれる心強い仲間だ。それで騙されたらそれは私の見る目が無かったのだと諦めようと決めたはずだ。 そんな事を考えているうちにリザが戻ってきた。 一点の曇りもないメイド服を着こんでいる。まるでさっきまでのことがなかったかのように完璧な姿だ。 「真理様、お疲れであれば夕食をベットの上で食べますか?」 私に近づき優しい声を掛けてくれるリザ。私は首を横に振りながら抱き着いた。とても良い匂いがする。そして私は自分が汗臭いかもと思ってしまう。 「私も、シャワー浴びてくるね」 「かしこまりました」 そう言って私の手を引いて浴室まで導かれ、手慣れた手つきで脱がされてゆく。最近は自分で脱いでいたけど今日は疲れていたのかちょっとだるい、と思っている間に脱がされてしまった。 気を抜きすぎだ。やっぱり脱がされるのは恥ずかしい。 「あ、ありがとうリザ、じゃあ汗、流してくるね」 私は浴室に入りシャワーを浴びる。疲れも恥ずかしさも全て流してくれる気がして心地よかった。 頭も体も洗った後は心もすっきり、体も少し軽くなったのを感じる。戦ってはいないけど後半結構な速度で走っていたのに。これってきっと能力値の上昇による効果だよね?そう思いながらステータスを確認する。 ―――――― 真理 ジョブ:聖女 力35 硬25 速35 魔190 アクティブスキル 『結界』『回復』 ―――――― うわー魔力も結構上がってる。こっちの方が効率が良いのでは?いや、今はきっとレベルが低かったのとリザがバシバシ強い魔物を倒していたからだ。きっと普通の人はこんなにすぐには上がらないはず。 と言うか平均値とかもわからないから実際どうなんだろう。 私はリザにその事も聞いてみようと思い浴室を出ると、すでにバスタオルを持って待機しているリザと目が合った。そして成すがままに体を拭かれ、寝間着に着替えさせられてゆく。 私はリザがいなくては何もできない体にされてしまいそうな危機感を感じながらも、運ばれてきた美味しい夕食を頬張っていた。 ◆◇◆◇◆ Side:ドロウンズ・エラシス 「くそ!あのバカ王はいつも俺様をないがしろにしやがる!」 俺は自室で侍女に用意させた酒を飲み干すとそのガラスの器を床に叩きつける。それをすぐに侍女が片付けるのを眺めていた。侍女も淡々と片付け始めるのでそれもまた少しイラついてしまう。少しは狼狽えて見せてほしいものだ。 「あー怒りが収まらない!」 「まあまあ、兄上の崇高な考えは、あの王には理解できるはずはありませんよ」 自室に丁度訪ねてきていた弟、レイモンズ。こいつはいつも調子がいいが、まあこんな奴でもうまい事使って、早く俺が安心して暮らせる国を作らなくてはいけない。 「そうだな、お前の言うとおりだ。それはともかくお前はこんなところに来ても大丈夫なのか?しっかりと帝国とも関係を深めているのだろうな?」 「お任せください。スライス帝国との関係は徐々にですが深い物になっておりますよ。ご心配なく」 レイモンズがニッコリと笑顔を見せながら返事を返しているが、あまり信用できないと感じでしまう。こいつに俺ほどの才覚はないからな。 「それに私はまだしばらくはこちらに滞在予定です。農地ばかりのエラシスは息が詰まって仕方ありませんよ!領の管理など代官にやらせておけば充分です。それに、帝国の担当者たちにたっぷりとうまいお土産も必要ですしね……」 「そうか、まあ十分にうま味のある条件を提案して、この国を乗っ取る算段を立てるんだな。何かあれば報告するんだ」 「分かっていますよ。ただ……」 ため息をつきながらレイモンズが顔を曇らせる。何か心配事があるなら報告してほしいものだ。 「あの王のそばにはアレックスがいますからね。彼奴(あやつ)をなんとかしなくては帝国側も腰はあげません。彼奴(あやつ)の名は帝国にも響き渡ってますから……」 「そうだな、はっきり言ってあれは化け物だ。最強だった先代の勇者をしのぐとも言われている。しかし……所詮はあれも一人の男……いざ始まるとなったら俺が何とかしておこう。あれなら任せておけと伝えておけよ」 正直今は何も方法を考え付いてはいない。だがきっと俺なら何とかなるだろう。女を数人あてがって、なんなら隙を見て隷属の首輪を嵌めてやろう。いやそれが一番いいな。王国一の騎士が手に入る。 「分かりました!兄上なら彼奴(あやつ)もきっと封じ込めることでしょうね。帝国にははっきりとそう伝えておきます!」 俺は新しく運ばれてきたグラスで弟と乾杯をやり直し、高い酒の味を堪能することにした。
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