第一章・魔王と聖女

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02.遭遇 俺はステータスを注意深く確認する。 異世界語と神の加護、二つのスキルは何となくわかった。 しかし最後のひとつ。魔軍の方は良く分からないな。魔王だから魔物を従えることができるのだろうが……もしかしたら俺が討伐対象になったりしないか?まあいい、色々試してみればその内、理解もできるだろう。 目的は真理を助け出すことだ!その為なら人類の敵にだって喜んでなってやるさ。 とりあえず現在地を確認したい。 ここが深い山の中と言うのはわかる。四方を見渡すと下り傾斜の先にうっすらと明かりが確認できたので、おそらく街か何かがあるに違いないと思いそちらへ足を進めてゆく。 できれば現地の人と話がしたい。 ここがどこで、あのクソハゲなデブ王を含めて、あの国が今どのような状況なのかできれば把握しておきたい。場合によっては他の国と協力体制を作ったって良い。ただ、俺が魔王ということがバレれば、それは無理かもしれない…… そして俺は…… ここで人生最大の恐怖を味わうことになる…… 足を進めるその先に得体のしれない何かを感じた。唐突に息苦しさを感じ全身が強張る。そして目の前にゆっくりと黒い何かがあらわれる。心臓が跳ね上がる気がした…… まるで目の前の黒い何かを脳が認識するのを拒否しているような、そんな感覚だった。俺は気合で震える両手を動かし、挟み込むように頬を叩く。そしてやっとそれが大きな黒い狼だということを認識した。 俺の背丈より少し高いほどの大きなその黒い狼の体。その全身からは見るからにやばそうなドス黒いオーラのようなものがゆらゆらと出ているのが見える。 どうしたら……でもこれは『魔軍』を使うチャンスか!俺は意を決して叫ぶ。 「魔軍……魔軍!魔群魔軍!まぐーん!」 しかし何も起きることはなかった。そうしている間に黒い狼はこちらを見つめている。 俺は焦りながらもどうしたら良いか考えていた。真理はあの時、無詠唱で結界のようなものを張っていた。だが俺もすでに発動したいと考えている。イメージしろとかも言っていたな。 魔軍のイメージ?魔王が魔物を……目の前の狼を従えるイメージ……だめそうだ。そもそもパッシブスキルだよな?たしかパッシブって使うやつじゃなくて常に発動しているとかそういうものじゃなかったか? そんなことを考えてが、気付けばすぐ目の前にその黒い狼が迫ってきていた。尋常じゃなく怖い! 強張る足に無理やり力を籠め、全力で横に飛ぶ。 「くそっ!俺は魔王だぞ!従え!俺にお前のすべてを明け渡せ!あー!なんて言ったらいいんだ!俺に!その力を全部よこせって言ってんだろ!」 死の恐怖を感じながら必死に叫ぶ。 まったく従わせられるイメージがわかない。そもそもレベルが低くて無理なんじゃないか?じゃあこれ……詰んだってことじゃねーか!俺は必死で山を転がるように下へと逃げてゆく。だがすぐに追いつかれるのは決定事項のようだ。 せめて山を下りて街なんかに入り籠めたら……こんなところで死んでられるか!俺は真理を……助けなきゃならないんだー! おれは気合で叫び地面に落ちていた折れた太い枝を目掛けて飛びついた。その枝を抱きしめゴロゴロと転がる俺は、勢いが止まってから素早く起き上がることができた。 「来るなら来いやー!」 太い枝の折れた方をその狼に向け待ち構える。 狼はそれにもまったく動じず頭から突っ込んでくる。そして俺はダンプにでも引かれたように弾き飛ばされた。構えていた右腕に激痛が走る。一本の木に激突して呼吸も止まりそうな中、必死で周りの状況を確認する。 持っていたはずの枝はどこかへいってしまった。 俺は腕からは鮮血がしたたり落ち前身は傷だらけだ。反して目の前でこちらを見ている黒い狼は無傷だ……いや、違うな。頬のあたりに少しだけだが血が滲んでいる……無敵ってことはないんだな。 俺はこんな時なのに少しだけ安堵してしまった。 だがこれからどうしたら良い?あんな太い枝で待ち構えてそこに自ら突っ込んできたという俺に有利な大チャンスでも小さな傷ができただけだ。やっぱり諦めるしかないのか…… 「だから諦めないって言ってんだろ!」 不意に沸いた弱音。それを自分で否定する。俺は狼を視界に残しながらもさらに周りを伺った。 足元には……石がいくつか転がっている。さっきと同程度の枝は……ないな。だがすぐ横には茂みがある。そしてもう少し下へ行ったところに細い木が密集しているのが見える。 あの巨体では入ってこれないかもしれない…… 俺は一度呼吸を整え、そして足元の握り拳程度の石を思いっきり狼に向けて蹴り飛ばした。 「いってーっ!」 これは足も折れたのでは?と思えるほどの激痛が走る。折れていないにしても骨に何らかの異常は出ただろう。しかしそれで得たのは目の前の狼が一瞬だけ石を避ける動作をしたという時間のみだ。 俺は慌ててその茂みに飛び込みそのまま身を隠すように痛みをこらえながら細い木の密集地帯に入り込んだ。入る時にその木々が肩にぶつかり痛み顔をゆがませる。 だが、もはやその程度のことは歯を食いしばって耐えるしかない。耐えなければ確実にあの狼に食い殺される未来しか無いのだから…… 密集地はそれなりに広がっているようだ。そしてその先には少しだけ明るく見える場所が本当に遠くにだが見えていた。やはり街か何かがあるようだ。もしかしたらこの細い木の密集地帯も、あの狼が来ないようにと植林されたものなのかもしれない。 それならば入ってこれないはずだ!そう思いながらも後ろから聞こえるバキ、ボキっという音に心臓が強く跳ねる。後ろを振り向いている暇はない……ただ一身に前へと進んでいった。 そしてしばらくするとその破壊音も聞こえなくなったのを感じ、後ろを確認すると黒い狼の姿も、今まで感じていたプレッシャーも感じなくなっていた。そして俺は安堵しながら地べた倒れ込む。 出血によるものなのか段々と意識が微睡んでくる……これは、ダメな感じなのか?せっかく逃げ切ったのに……真理……ごめん……俺の意識はそこで途切れた。 そして俺は、真っ白な空間で目覚めた。 『おお魔王、死んでしまうとは何事だ』 「な、なんだよ……」 目の前の白い服を着た銀髪ロン毛イケメンが某ゲームのようなセリフを口にしていた。これは夢かな?死ぬ前に見る夢……最後の夢か。夢のような異世界で見る夢か…… 『夢じゃないんだなーこれが!』 「さすが夢。俺の心の中も覗き見るチープなストーリー展開」 『だから夢じゃないってー。そろそろ起きてくれるといいんだけどね。神の前で寝そべって。不敬だと思わない?』 「こんなボロボロの俺にひでーこと言うやつだ……」 そう言っている俺は、何もしていないにも関わらず体がふわりと浮かぶ。 無様にも「お、おわ!」と声をあげてしまい恥ずかしくなりつつも、強制的に立ち上がることとなった俺は、全身に傷どころが召喚された時のまま服の破れなどもない事に気づく。 「ご都合主義なゆ」 『夢じゃないったら!もうっ!話進まないから黙ってて!』 「んーんー!」 黙ってと言われた俺は口が開けなくなってしまう。なんて夢だ!仕方がないので黙って聞くことにした。 『とりあえず現状を教えるね』 そう言って語り始めた自称神。 『あのバカ王の国、ロズベルト王国はこの世界を脅かす魔物を滅ぼしたい。というのは建前で実際はかなりの軍国主義なんだ。実際にもうあの王が就任してからいくつかの国を侵略、統治しているよ』 「俺たちはそれに巻き込まれたってことか?」 『そうだね。そして念願の聖女を召喚できたから、それを看板にして侵略戦争をさらに押し進めたいということらしいよ!建前上はね……』 「なんだよそれ……」 そんなことのために俺たちの日常が奪われたって言うのか……もうこの上ないと思っていた怒りがさらに高まるのを感じた。 『後は西にある隣国、スライス帝国を押さえたら、もうこの大陸で逆らう国はないって感じかな?まあ帝国の方は魔道兵器の開発の先進国で中々の強国であるけどね。専守防衛を貫いているけど攻められれば……大変な争いになってしまうよ』 ため息をつきながら話す自称神。 「俺は……何ができる?いや、違うな、どうしたら真理を取り戻せる?」 そこでまた自称神のため息が……仕事しろ! 『まあそれを止めるために君も一緒に強制召喚するように術式いじったからね。大変だったんだよ?あのバカ王が急に召喚はじめちゃからさ。気付いたらもう止められないとこまで発動しちゃってて……大急ぎで召喚者確認したら君とイチャついてるし』 「イチャついてなんか……」 『さすがにちょっとイラっと来たけどさ、君の適正見たら丁度いいって思って一緒に召喚されるように魔方陣をガシガシ書き換えて……そして狙い通りに君には魔王属性がぴったりはまった、という状況』 言っていることは分かる。そして真理は聖女属性がしっかりはまった。ただし異世界言語とかは俺しかハマらなかったということか? 『そゆことー。あと君だけがいわゆる異世界チートってやつなんだ。彼女は聖女ではあるけど万能ではないよ……だからさ。君がこの世界救ってよ』 「勝手だな……だがそれでしか真理は救えないってことか?」 『そうだね。今のところ彼女は無事。だけど魔物が全て狩られ、そして隣国との戦争が終われば後は不要。王は象徴となりえる聖女を消すだろうね。あれは常に自分がトップでいたいから……まあそれだけじゃないけど…… だから君は強くなりなよ。あっ、そうそう。スキルは考えただけで発動するからね。さっきのは黒狼はさすがにレベル差がありすぎだったからさ。無理だよーあれを眷属にするのはー』 少し笑いながら話す自称神…… 「全部見てたってのか。プライバシーの侵害で訴えてやるよ。おまわりさーんこっちですー!」 『ははは。全部見えちゃうのが神だからね。だから"したがえー"とか言わなくていいからね。ふふふ』 「くっそ腹立つ神だな!……さっき神に感謝したけどやっぱ無しだ!お前に感謝は必要ない!」 恥ずかしさもあって悪態をつく俺はその後静かにため息をついた。 「仕方ない……やってやるよ。それで真理を助けれるんだよな!なら俺にはやるしか選択肢はねーんだよ最初からな!」 『そうだね、この世界を……頼むよ。魔王様』 急に真面目な顔で頭を下げる神。 調子狂うな…… そして俺が再びため息をつくと、俺の意識は薄れてゆく。 『あの王の……本当の目的はまた機会があれば、ね……』 最後に神が何か言ったような気がしたがあまり良く聞こえなかった。 だが俺はこの異世界へと戻ってきた。 「いたたた」 俺は痛む傷を押さえる。腕が……ボロボロだな。倒れた時のままか……あれはやっぱり夢ってことか?いや、違うな……あの自称神はやっぱり神だったのだろう。なんとなくそんな気がした。 その時、頭の中でピコン!という音がする。そして目の前にウィンドウが開いて『レベルアップしました』の文字……倒してないけどレベルは上がるのか……そしてまたピコン!ピコン!ピコン!ピコン!ピコン! ……どこまで続くんだよこれ! 本当に小さな傷を付けただけだぞ? それほどまでにあの神が黒狼とか言っていたあれが強敵だったってことか……いや、俺が弱すぎたんだな。そして成長促進もあるからこんなに一度にレベルがあがったのだろう。 そして俺はレベルアップ音が途切れてから再び能力を確認すべく『ステータス』と心の中で唱えるのだった。
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