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20 秘術
突如やってきた飛行艇。
扉が開くと、一人の男が飛び降り……こけた。
すぐさま飛び去ってゆく飛行艇。
「あれは?誰だ?」
「ド、ドロウンズ……様」
「ドロウンズ?」
降りてきた知らない男を見てリザが小さく名前を呼んだ。説明が欲しい。
「なんであいつがここに?」
どうやら真理も知っているので城の関係者なのだろうか。
「一応、王宮魔導士……です」
「王宮魔導士?」
「はい。真理様の指導を任された男です。すぐ首になりましたが……」
「そんな奴がどうして……」
俺がリザとそんな話をしている中、こちらへ鈍足で走ってくるそのドロウンズという男。その見た目は小さくまだ幼く見えた。
「ハア……ハア……俺様、参上!……ふうー」
息を切らしながらこちらにたどり着いたそのドロウンズ。その顔色は真っ青で死人のようであった。高そうに見えるその服も薄汚れよれよれになっている。
フードに収まっている髪もどことなく脂ぎっているように見えて、正直不潔に見える。
「なんだ。その男がお前たちの切り札とやらか?頼もしそうな男がきたものだな」
そう言いながら楽しそうに笑うメビオス。
「俺様が……この俺様が!この世界を救って!英雄になる!」
真理とリザから表情が消えていた。
「なあ、アイツ凄いのか?」
「一応この国一番の魔法の使い手ではありました……親の七光りですが……魔力は300程度だったはずです」
俺はため息をつきながら『魔眼』で魔力は400程度しかないことを確認すると、眉間を強く押さえた。頭がいたい。あの男は何がやりたいんだか……
「見よ!俺がこの手で編みだした神の法術!先代勇者パーティの魔術師から受け継いだ父上からの賜りもの!その秘術をさらに俺様が神の御業ともいえる領域まで昇華した法術!」
そう言いながら懐から何かを取り出すドロウンズ。
あれは?骨か?
呆気に取られならがも眺めていると、ドロウンズはその骨のような何かをメビオスのいる上空に「うごー!」という気合の声とともに投げつけられた。
「業火!」
その声と共に小さな火玉が飛びその何かを打ち抜き、その骨っぽい何かは砕け散った。上空にはキラキラと光が煌めきながらその破片が広がってゆく。
「真理!何か嫌な予感が!ミーヤ達を結界で守ってくれ!」
「わかった!」
何でだか分からないが心臓が激しく脈打つ。ドロウンズは何をやろうとしているんだ。すぐにミーヤ達に薄い光の膜に包まれた。右手を前に上げ集中している真理。やはり距離があるのできついのだろう。
そしてドロウンズが両手を上に掲げ「我が名はドロウンズなりー!」と叫びだす。
「光の精霊と闇の聖霊よ!我が魂の叫びに応えその天地を揺るがす強大な力を示せ!我が崇高な魂全てを糧とし、邪悪なる根源、魔を滅ぼし滅する神の御業で世界を!我が魂が尽きるまで!俺が英雄になるんだ!封魔招雷ー!」
ドロウンズの何気に全身が痒くなるような呪文を叫ぶと共に、ドロウンズからごっそりと何がか抜け出てメビオスの上空に吸い込まれてゆくように見えた。
「な、なにを……」
ここに来て初めて見せるメビオスの焦りの表情。
「ぐっ!ぐおー!」
キラキラと舞う破片の一つ一つが強く発光し、目が開けていられなかった。
しばらくするとその光が収まったようで、閉じている瞼に光を感じなくなった俺はそっと目を開けた。まだ少しだけ眩しさにやられぼんやりと映るその視界には、片膝をついているメビオスと、その周りの魔人たちが見えた。
いや……その魔人たちの数がかなり減っているように思える。
その光景に驚き慌てて真理の結界に守られているミーヤ達を確認する。まずは大丈夫そうには見え、ホッと胸を撫でおろす。
安堵した俺は、すぐにドロウンズの方を見るとすでに仰向けに倒れていた。
「おい!大丈夫かあんた!茉莉亜!回復を!あれはなんだ、何をやったんだ!」
俺は急いで傍まで走り抱き起こすと茉莉亜に『超回復』を使ってもらうように合図する。
「もう使ってるんだよね」
そう言う茉莉亜からは癒しの力を感じることができた。
「お前が真司、というやつか」
「ああ、そうだ!」
すでに顔色は色が抜けている。
「そうか、もう目があまり見えないものでな。どうだ俺の秘術は……」
「ああ、凄い威力だったよ。魔王も膝をついて驚愕してる」
なんだよこいつ。急に出てきて命を懸けて……
「そうか、さすが俺様だ。だが倒し切れなかったようだな。後は任せた。俺様はもう死にゆく定め……」
「何言ってんだ!今回復してるから!」
俺は励ますようにそう声をかける。
「いや、この秘術は俺様の魂を糧にして魔を滅ぼすものだ……父上より譲り受けた先代勇者パーティの魔導士が残した魂を封印する術の書物……」
「おい!しゃべるなって!」
苦しそうにしながらも話し続けるドロウンズ。
「いいから俺様の偉業を聞け……あれはその書物を読み込み解き、俺様が改良したものだ。あれなら攻撃を加えることも不要だ。それに、他者に封印するから失敗するのだ……術者に封印してしまえば良い。それで、良いのだ……」
そう言って胸元をはだけるドロウンズ。
その胸には同じように骨のようなものが縫い付けられていた。
「もう俺様の死は回避できぬよ。それよりリザ、リザ殿はおられるか……」
「はい。ここに」
リザがドロウンズの隣へと移動して膝をつく。
「すまなかったな色々と……真理殿、にも、すまなかったと伝えてくれ。残念ながら、魔王を滅することまでは、できなかったようだ……後は、たのんだ……後は、願わくば、弟によろしく伝えてほしい。俺様は、勇敢に戦ったと……」
そう言ってドロウンズのその体からは力が抜けた様にぐったりとなり目を閉じた。
「やって、くれたな……」
焦りの混じったメビオスの声。どうやら半数程度の魔人を滅する効果はあったようだ。
俺は腕の中で眠る勇敢な男が、徐々に形を保っていられなくなるのを感じる。
そしてサラサラと光る粒子になって消えていくのを見送った。
「後は、俺たちがその願いを……」
そう言って俺は立ち上がりメビオスを睨みつけた。
これなら余裕で……ということでもなさそうだがさっきよりは全然ましだな。そう思って手に持つ雷刀に魔力をこめる。氷牙も取り出し左手に握る。
「やるぞ!」
エステマのその言葉を合図にみなが動き出す。
「皆殺しだ……ゆけ!」
魔王のその言葉にネルガルとラマシュトも動き出す。リザとヴァンがネルガルに向かって行く。エステマはラマシュトに向かって走り出し、聖剣を構えて対峙する。
メビオス側の魔人たちは俺の眷属魔人が相手をするようだ。そこに真理たち残りのメンバーも加わるだろう。
俺はメビオスに向かって『神速』を使い近づくと、雷刀を怒りのままに振り抜いた。
それは鉄のような壁に阻まれるが、構わずそれを切り裂いて蹴倒し、メビオスを追い詰めようと雷刀を頭上に上げ身構えた。
身構えたのだが……そこには目を赤くしたミーヤがいた。
「ミーヤ……」
俺は思わず気を緩めた。次の瞬間にはミーヤが爪を出し飛び掛かってくる。俺はそれを狼狽えながらも躱す。不格好な逃げ腰となってしまうがミーヤが目の前にいるのだ。なんとか助けてやりたいと思いつつ躱し続けていた。
俺は横目でメビオスを見ると、今日一番の笑みを浮かべている。
「何が……可笑しい!」
俺は足が壊れれそうな痛みを感じるほどに力を入れ、全力でメビオスに近づくと雷刀を上から振り抜いた。
それは先ほどよりさらに重厚な鋼鉄のような壁に防がれる。
雷刀に籠められた魔力のせいかバチバチと音がして腕の痺れを感じる中、俺は歯を食いしばりながら雷刀を振り上げ、もう一度同じ場所を狙って振り抜いた。
なんとかその壁はバキンと音を立て消え去り、メビオスの姿を見ることができた。
その時、俺の背中にドンと何かがぶつかった。大した衝撃ではない。だがその背中の方をチラ見してしまった俺はミーヤの攻撃であることを確認してしまう。
フーフーと息を荒くしながら俺に体当たりをする姿を見て、全身から力が抜けて行く気がした。
メビオスに操られているのは分かっているのに……
「真司!」
その声と共にミーヤが先ほどのように『結界』に閉じ込められていく。俺はその様をただ足を止め眺めていた。
ゆっくりと『結界』が真理の元へと運ばれてゆく。
中でまだ暴れているミーヤを、俺は涙をこらえて見ることしかできない。
「真理!頼む!」
俺の言葉に黙ってうなづく真理が急に驚いた顔をして「真司!」と俺の名を呼ぶ。
次の瞬間、バリンと音がして慌てて身構えた俺に何かが降り注ぎ、全身に痛みを感じ体が宙に浮く。地面に叩きつけられその勢いで少しだけ地面を転がりさらに全身に鈍い痛みが走る。
それでもミーヤの方から目が離せない。
結界の中で暴れるミーヤも茉莉亜の方までようやくたどり着き、そして茉莉亜が結界に手を向けている。きっと『超回復』を使ってくれているのだろう。
「真司!もう大丈夫だよ!」
真理が茉莉亜の隣でその結界を優しく抱きしめこちらに叫ぶ。
「小賢しい!召喚すらも阻む結界とは!」
どうやら真理の『結界』内ではメビオスの『眷属召喚』も効かないようだ。
周りをチラリと見渡すと、どの戦いもなんとか均衡を保っているようだ。何度か感じた不快感から俺の眷属魔人たちが何人かやられてしまったことを感じつつも、メビオス側の魔人たちもさらに減っていることも確認できた。
これならやれる!
俺は気合と共に再びメビオスと対峙する。
再び俺の攻撃を鉄壁で防ぐメビオス。その合間に黒い炎がバンバン飛んでくるがそれは俺も岩壁を出しなんとか防いでいる。かろうじて互角に戦えているようだ。
時折俺の視界の外から魔狼や風吹鷹なども横やりを入れてくるが、ミーヤのこともあり少し冷静になれた俺は、それらを躱しながらなんとか均衡を保つことができていた。
暫くギリギリの戦いを続けていると、徐々に俺の攻撃が通るようになってきた。かなり余裕も出てきたので周りを見回すと、どうやらメビオス側の魔人たちはほぼ駆逐されたように見える。
真理たちはかなり疲労しているようで肩で息をしているがどうやら全員無事だったようだ。眷属魔人の方も確認するがニガルズ含め6人、同じように息を切らして立っている。
倒されてしまった眷属を思い悔しさに歯を食いしばる。そしてまたメビオスへと視線を戻し睨みつける。心の奥底から強い怒りが溢れ出るのを感じる。
眷属が死ねば当然上乗せされていた力は消滅する。俺が失った眷属は上位を厳選したとは言えわずかだ。だがメビオスの方は精鋭たちをあれだけの数を集めていたのだろう。それをほとんど失ったのだ。
そろそろ、頃合いだろうか?
俺は魔力ポーションを気合と共に飲み干すと、雷刀を棍に持ち替え強く魔力を流し込んだ。
長らく慣れ親しんだ棍はしっかりと手に馴染んでいる。
高速で振り回しながらメビオスの壁を重い一撃で砕いてゆく。心なしか壁が脆くなっている気がする。
この日のために、武具職人の魔人たちにはこの棍も魔改造してもらっている。
魔力消費が激しく放ったが、今までとは強度も攻撃力も段違いで上がっている。雷刀と比べて殺傷能力は低いが、非殺傷で行くならこれほど使い勝手が良い武器は無いと思っている。
一つ、また一つと目の前にある壁を破壊する。
意識を集中してただひたすらに破壊を繰り返す。
合わせて壁の向こうにいるであろうメビオスへ向かって黒い炎をいくつも叩き込む。
「ぐはっ!」
メビオスの無様な悲鳴が聞こえる。
目の前の壁を破壊すると、肩口を押さえて顔を歪ませているメビオスが見えた。
そして……
「ガウ(魔王様!お助けくださり、ありがたき幸せ……)」
背後から魔狼からの鳴き声が……認識できた。
振り向くと魔狼が久しぶりに俺の方を見ながらお座りをして舌を出している。
それを見た俺は慌てて真理の方を見る。
『結界』の中のミーヤがついさっきまでのように目を赤くして結界を叩くではなく、縋り付く様にしてこちらを見ているのが分かった。俺はメビオスのことは放り出し、ミーヤの元へと走ってゆく。
真理がそれに気づいてミーヤを包んでいる『結界』を解いた。
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